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今後どうなる!? 日本の有機EL技術〔後編〕どうなるコダック? ソニー vs. シャープの開発競争は?知財コンサルタントが教える業界事情(8)(3/3 ページ)

中編で見た韓国企業の有機ELディスプレイ関連の知財戦略のしたたかさに対して、欧米・日本企業はどんな作戦を立てているのだろうか。知財データベースから業界事情を推察する。

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材料・製造方法についての特許出願件数は?

 材料・製造方法の各技術分野について、主要企業の累積特許件数(発行年:1997年〜2011年8月末)に注目してみたいと思います。

図6
図6 主要企業別に見た日本特許の累積件数

 有機EL発光材料では、低分子型に取り組む出光興産、高分子型に取り組む住友化学、金属錯体型に取り組むコニカミノルタといった先進企業が、日本特許の出願件数も多い状況にあります。そして、有機ELの製造法では、蒸着法と塗布法(特に、インクジェット法)に取り組むセイコーエプソン、塗布法に取り組むコニカミノルタの特許件数が多い状況です。

 セイコーエプソンは、2010年から中・小型液晶ディスプレイ事業からの撤退を開始し、同10月には東京エレクトロンとインクジェット法を用いる有機ELディプスレイ製造装置の共同開発で提携しています*。ですから、今後は「塗布液の特性を問わないピエゾ方式**インクジェット」の特徴を生かしたターンキー方式製造装置の事業開発を目指すものと推測されます(セイコーエプソンの最近の有機EL関連の日本公開特許が製造方法/装置に変わり始めていることからも分かります)。

*2010年11月11日付プレスリリース
**ピエゾ方式 ピエゾ素子(圧電素子)を利用した印刷技術を応用した製造方法。


 外国企業である、サムスン電子(以降、サムスン)とLGエレクトロニクス(以降、LG)は日本を将来の市場国と捉え、有機ELの発光材料と有機ELの製造法に関わる特許出願を日本国内でしっかりと進めています。このようなサムスン電子とLGの進め方に対抗できそうな特許出願を行っているのは、日本企業としては半導体エネルギー研究所くらいでしょう。

 確かに、半導体エネルギー研究所は今回注目した分野のいずれにも、満遍なく特許出願をしており、このような半導体エネルギー研究所の技術開発意欲と特許出願意欲が知的財産戦略のしたたかさを支えていると推測されます。

今後どうなる!? 日本の有機EL技術 揺れ動く日本の有機ELディスプレイ業界

 TDKは2011年9月に、中・小型有機ELディスプレイの製造/販売子会社TDKマイクロデバイスを双葉電子工業(既に2009年8月から業務提携していた)に売却し、有機ELディスプレイ事業から撤退することを公表しました。今後は双葉電子工業が車載用への事業展開を目指すものと思われますが、当初から有機ELディスプレイを手掛けていた日本企業がまた1つ消えることになります。

 有機ELディスプレイ事業開発で韓国企業に後れを取った欧米日の電機メーカーに残された道は、需要が伸びてサムスンとLGだけでは供給できなくなったスマートフォンやタブレット端末向けの中小型有機ELディスプレイ市場に後発として参入することです。幸いこの市場には、ミラーレス一眼デジタルカメラ向けの中・小型有機ELディスプレイ市場が控えていますが、ミラーレス一眼デジタルカメラへの有機ELディスプレイ搭載を既に始めているサムスンに行く道を阻まれる可能性もあります。

 そして、ミラーレス一眼デジタルカメラへの一斉参入が始まった日本のデジタルカメラ企業(パナソニック、ソニー、オリンパス、ペンタックス/リコー、富士フイルム、ニコン)は、今後どのように動くのでしょうか。有機ELディスプレイ搭載スマートフォン(サムスン製品)では、従来の液晶ディスプレイ搭載型(日本企業製品)に比べ、電池寿命が約2倍になっているという現実にどう対応するか、各社の知恵が問われています。

 このような状況において、ソニーは2011年10月14日発売の一眼レフデジタルカメラ「α77」の電子ビューファインダとして、さらには11月発売予定のHMD(ヘッドマウントディスプレイ)に、それぞれ小型有機ELディスプレイを搭載します*。

*ソニーのWebサイトを参照。


 この小型有機ELディスプレイ路線の延長として、中型有機ELディスプレイをスマートフォン*やミラーレス一眼デジタルカメラ**に搭載することができれば、ソニーは中・小型有機ELディスプレイデバイスを、画像センサーのときと同じように、身近に大口ユーザーを抱えるデバイス事業に育て上げることもできるでしょう。

 つまり、これが部品の内製化で収益をグループ企業内に取り込む手法となります。そして有機ELディスプレイのアクティブマトリクス駆動には、スパッタリング法で作成できるIGZO薄膜(酸化物半導体)という援軍もあります。IGZO薄膜は、これまでのアモルファスシリコン薄膜やポリシリコン薄膜に比べ、電子移動度が大きいので、TFT(薄膜トランジスタ)の小型化、それに伴う開口率向上が可能なだけでなく、既存製造装置の転用、さらには製造コストの削減も実現できます。

 これが自社の現状を踏まえたソニーなりの「ストーリー性を持って語れる自社の最適策」***だと筆者は理解しています。

 このストーリーに対抗できる日本企業は、半導体エネルギー研究所とIGZO薄膜の共同開発を進めているシャープでしょう。シャープにはデジタルカメラという製品群はありませんが、部品供給専業メーカーに徹する道が残されており、今後のシャープとソニーの事業開発競争の行方が注目されます。

*ソニーにとって、エリクソンとの提携関係解消の方向に向かう携帯電話事業における中核製品といえます。
**デジタルカメラ事業の中核製品化が期待されます。
***ストーリー性ある戦略については中編でも触れています。


有機EL照明ブランドを顕示し始めた日本企業

 既に照明ブランドを意識して、事業開発を進めている三菱化学、NECライティング、パナソニック出光OLED照明には有機EL照明パネル供給だけでなく、有機EL照明機器事業でも収益を得る可能性があります。

 しかし、その他の日本企業はブランドの話を語っているようには思えませんでした。ところが、カメラ業界からの撤退や複写機業界の厳しい競争経験の中で、ブランドの重要性を実感しているコニカミノルタが、2011年10月から有機EL照明ブランド「Symfos(シンフォス)」*の紹介を開始しました。フィリップスへの委託生産で、有機EL照明パネル量産にめどをつけたコニカミノルタがいよいよブランド構築に動き出しました。

*コニカミノルタのWebサイトを参照。


 有機EL照明ブランドなくしては、有機EL照明パネルの供給メーカーになれても、利益率拡大の見込める有機EL照明機器市場への参入は困難であり、結局は利益率の高い照明機器市場を照明専業企業に押さえられてしまいます。有機EL照明専業のルミオテックは企業名(Lumiotec)をそのままブランドとして使用するでしょうから、カネカがいつ、どんなブランドを提示するかに関心が集まります。

 そうはいっても、ブランドやビジネスモデルの構築には、時間が必要ですから、事業開発当初から意識すべきことであり、企業人にとって「自社の事業開発こそ、ストーリー性を持った最適策を語るべきもの」と筆者は考えています。


コラム:日本特許の有機EL関連Fターム

 本稿掲載の図4は、特許電子図書館(IPDL)で、それぞれFタームとして含む特許の件数推移を整理しています。

  • 有機ELディスプレイ(3K107AA01*3K107BB01)
  • 有機EL照明(3K107AA01*3K107BB02)
  • 低分子有機EL材料(3K107DD59)
  • 高分子有機EL材料(3K107DD60+3K107DD61+3K107DD62+3K107DD63)
  • 金属錯体有機EL材料(3K107DD64)
  • 蒸着法による有機EL(3K107GG04)
  • 塗布法による有機EL(3K107GG06)

 なお、「IPC(国際特許分類)が特許のクレームに基づき付与される技術観点の特許分類」であるのに対し、「Fタームは特許明細書に記載されている発明の技術内容に基づいて日本特許庁が独自に付与している多観点からの特許分類(従来技術に関わる技術内容は付与対象外となっています)」であることに注意してください。



備考:分析仕様・条件

無料データベース

海外特許:Espacenet Patent search - Advanced search

http://worldwide.espacenet.com/advancedSearch?locale=en_EP

日本特許:特許電子図書館(IPDL)

http://www.ipdl.inpit.go.jp/Tokujitu/tokujitu.htm

特許分類検索:http://www.ipdl.inpit.go.jp/Tokujitu/pcsj_top.ipdl?N0000=1500

特許分類を知る:http://www5.ipdl.inpit.go.jp/pmgs1/pmgs1/pmgs

分析条件

海外特許:IPC(国際特許分類)で、電場発光光源はH03B33(電場発光光源)を含む特許有機発光デバイスはH01L51/50(有機発光素子)、H01L51/52(有機発光装置)、H01L51/54(有機発光材料)、H01L51/56(有機発光素子および装置の製造)のいずれかを含む特許

日本特許:Fタームのテーマコード3K107(エレクトリックルミネッセンス光源)に注目し、有機ELディスプレイは3K107AA01*3K107BB01を、有機EL照明は3K107AA01*3K107BB02を、それぞれ含む特許

日本特許:発光層の材料の種類については、低分子型は3K107DD59を、高分子型は3K107DD60+3K107DD61+3K107DD62+3K107DD63を、金属錯体は3K107DD64を、それぞれ含む特許

日本特許:有機EL製造方法のうち、蒸着法は3K107GG04を、塗布法は3K107GG6を、それぞれ含む特許

企業名について

特別なグループ名統一は行っていません。




筆者紹介

菅田正夫(すがた まさお) 知財コンサルタント&アナリスト (元)キヤノン株式会社

sugata.masao[at]tbz.t-com.ne.jp

1949年、神奈川県生まれ。1976年東京工業大学大学院 理工学研究科 化学工学専攻修了(工学修士)。

1976年キヤノン株式会社中央研究所入社。上流系技術開発(a-Si系薄膜、a-Si-TFT-LCD、薄膜材料〔例:インクジェット用〕など)に従事後、技術企画部門(海外の技術開発動向調査など)をへて、知的財産法務本部 特許・技術動向分析室室長(部長職)など、技術開発戦略部門を歴任。技術開発成果については、国際学会/論文/特許出願〔日本、米国、欧州各国〕で公表。企業研究会セミナー、東京工業大学/大学院/社会人教育セミナー、東京理科大学大学院などにて講師を担当。2009年キヤノン株式会社を定年退職。

知的財産権のリサーチ・コンサルティングやセミナー業務に従事する傍ら、「特許情報までも活用した企業活動の調査・分析」に取り組む。

本連載に関連する寄稿:

2005年『BRI会報 正月号 視点』

2010年「企業活動における知財マネージメントの重要性−クローズドとオープンの観点から−」『赤門マネジメント・レビュー』9(6) 405-435


おことわり

本稿の著作権は筆者に帰属いたします。引用・転載を希望される場合は編集部までお問い合わせください。



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