全てを「MUST」にするな 譲れない要件を目的と手段に解きほぐす:「直感」と「論理」を使い分ける実践デザイン論(3)(3/3 ページ)
新しい価値を持つ製品開発では、要件定義の段階で議論が停滞しがちだ。本連載では、83Designが実践する「直感」と「論理」を使い分けるデザイン手法を紹介する。第3回は、部署ごとに示される「MUST」を問い直し、目的と手段に解きほぐして、要件の衝突を乗り越える方法を取り上げる。
5.2段の問い直しを支える「戻れる道」
ここまでの2段の問い直しは、どちらも要件をさかのぼる動作です。さかのぼるには、自分たちが来た道を知っておかなければなりません。
連載第1回で、仮説と検証を1段ずつ積み上げる「STAIRS UP」を紹介しましたが、この手法には、もう1つの効能があります。それは、丁寧に段を踏んで上っていれば、下りるときの道が自然にできているということです。いつ/どの課題に対し/どんな仮説を立て/どのように検証し/どの案を採ったのか――。段を踏むごとにそれらを残しておけば、あらためて判断の経緯を書き起こさなくとも、来た道をたどれます。
そして、没にした案も資産になります。一度検討して見送った案には、既にコストと成立性の見当がついています。一から出し直す必要がない分、戻ったときの判断が早いのです。
私たちの運用では、正式な決定の一覧に載せるのは検証に進めた案だけとし、落とした案は発想を広げたときの資料に残しています。そこに1行だけ、「なぜこの案を検証に進めなかったのか」を書き添えておくのです。前提が変われば、見送った理由も無効になることがあります。そのとき、理由が書かれている案だけが、戻り先の候補として浮かび上がってくるわけです。
6.事例の続き:一番外れなかった要件は、自分たちが置いたものだった
1章の3つの要件に戻ります。
問い直し(1):誰が言ったのか
3つのうち、技術と予算の要件には明確な出どころがありました。問題があったのは、「アプリをインストールさせない」という要件です。調べてみると、それを最初に置いたのは、外部パートナーである私たち自身でした。発注側もユーザー視点では同意していたため、誰も反対せず、検証もしませんでした。根拠は「1日だけ来る人にインストールは無理だろう」という経験則でした。
他者から示された要件は疑えても、自分たちが置いた要件は疑いにくい――。ここに落とし穴がありました。
問い直し(2):目的まで上げる
「アプリを入れさせない」は何のためか。目的は「初回利用の手間を最小にすること」でした。そこまで上げると、「登録不要で使える最小限のアプリ」も、同じ目的を満たす別の手段として並びます。この時点で、2つの案が候補になりました。
論点を、検証で決める
どちらを採るべきかは、社内で議論しても答えが出ません。そこでまず、技術的に成立するかを確かめるため、外部に調査を依頼しました。返ってきたのは、可否の答えではなく、成立させるための条件でした。
- インストールなしで使える構成自体は、技術的には成立する
- ただし一方のOSでは、その仕組みを使う前提として、結局フル機能のアプリを用意し、審査と保守を続けることが求められる
- もう一方はWebブラウザ経由で実現できるが、利用者側の操作は残る
- 開発工数は、通常のアプリを作る場合を下回らない
つまり、利用者に「アプリをインストールさせない」ための仕組みが、開発側ではアプリを用意することを前提としていたわけです。インストールの手間は省けても、開発工数を減らすことにはつながりませんでした。
決着と、没案の復活
目的は「初回利用の手間の最小化」であって、「アプリをインストールさせないこと」ではありません。それなら、登録不要の最小限アプリでも初回利用の手間を抑えられると判断し、結論はそちらになりました。
このとき復活したのは、検討の初期に一度出て、「アプリをインストールさせない」という前提の下で見送られていた案です。不採用の理由がその時点で書き残されていたため、前提が変わった瞬間に、戻り先として即座に浮上しました。一から案を出し直す必要はなかったのです。
初回利用の手間を最小にするという目的は、変わっていません。捨てたのは、3つの要件のうち「アプリをインストールさせない」という手段です。
今回のまとめ:守るべきものを見極める
2段の問い直しを経てたどり着く着地点は、全員の顔を立てた妥協ではありません。何を目的として選び、何を手段として捨てたのかを説明できる結論です。
そして「何を検証したか」だけでなく、「何を検討し、なぜ検証に進めなかったか」が残っていることが、そのまま「なぜこの仕様に決まったのか」への答えになります。開発ステージへ進む投資判断で経営が知りたいのは、まさにそこでしょう。
全部をMUSTにしないことは、要求水準を下げることではありません。本当に守るべきものを見極める作業です。
次回は、投資判断において「致命的な仮説」を見極め、最速でGOを勝ち取るための検証術についてお話しします。 (次回へ続く)
著者プロフィール:
株式会社83Design(ハチサンデザイン)
代表:矢野 宏治
2008年設立。工業デザインを核に、戦略、企画、エンジニアリングの境界をなくし、モノづくりを全方位で支援するデザインエンジニアリングスタジオ。目に見える造形だけでなく、その背後にある戦略や顧客体験を「具体化」し、関わる全員を巻き込む「楽しいモノづくり」を追求している。情報が曖昧な状態でも頭と手を動かす「仮説検証」の反復を推進力に、家電や音響機器などのコンシューマー製品から、万博向けの特殊デバイス、R&D領域の先行開発に至るまで、数多くのプロジェクトに参画。
受賞歴:Red Dot Design Award Best of the Best、iF design GOLD AWARD、JIDA Design Museum Gold Selection、グッドデザイン賞、他多数。
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