フィジカルAI時代のロボティクス新標準、安全性は「後付け」でなく「設計の核心」:フィジカルAI基礎解説(3/3 ページ)
AIがデジタル空間を超えて物理世界に踏み出す「フィジカルAI」の時代に入り、ロボットを開発する上での「安全性」をどのように定義し直すべきかが問われている。
AI認証:フィジカルAI普及の最大の技術的障壁
フィジカルAIの展開を加速する上での課題は、安全性とサイバーセキュリティだけではない。AIと機能安全認証の根本的な緊張関係もまた、業界が避けて通れない課題だ。
機械学習ベースのビジョンシステムは、物体認識、シーン解釈、実世界の変動性に対応する上で、従来のアプローチよりも優れている。しかしその動作は、明示的なルールではなく、データ、信頼度のしきい値、動作コンテキストに依存しており、決定論的ではない。つまり、機能安全認証がこれまでよりどころとしてきたフレームワーク、すなわちトレーサビリティー、再現性、網羅的テストにAIはうまく適合しない。
経済産業省のAIロボティクス検討会もこの問題に着目しており、技術要件などの基準整備と認証制度の検討を戦略の柱として位置付けている。
このような難しい課題に対する現実的な解として、階層化されたアプローチが考えられるだろう。AIが認識と解釈を担う一方で、決定論的な安全性アプリケーションがハードリミットを適用する。このソリューションは完全ではないが、インテリジェントなシステムを大規模に展開する上で、現実的な枠組みを提供するために役立つ。フィジカルAIの進展に伴い、AIと機能安全認証の間の緊張が無視できないものとなることが予想される。AIによってロボットの能力が向上し続ける一方で、認証もまたそのペースに追い付くために進化を続ける必要がある。
自動車産業という「設計図」――フィジカルAIが学ぶべき安全設計原則
では、フィジカルAIの基盤を担うプラットフォームはどうあるべきか。実は、その答えを導く「設計図」は既に、私たちの身近にある――自動車産業だ。
自動車産業は、今や世界で最も高度なコンピューティング、安全、AIシステムの実証の場として広く認識されるに至っている。今日のSDV(ソフトウェアデファインドビークル)は、大規模生産による製品の中で最も高度なセンサーを搭載した高性能ロボットといえる。自動車産業では、安全性を確保する上で必要な、インテリジェンスがデジタルの世界からフィジカルの世界に踏み出す中で生まれるギャップを乗り越える方法が既に実現されている。安全性、セキュリティ、リアルタイム性を高いレベルで両立させる設計があり、フィジカルAIが直面する「デジタルの判断を現実世界で安全に実行する」という課題に対する実践的な手本が、自動車産業には存在している。医療、ロボティクス、産業オートメーションなどがフィジカルAIへの移行を進める中で、自動車産業が参照されるのはそのためだ。
フィジカルAIが直面する課題は、実は自動車産業が長年にわたって向き合ってきた課題でもある。安全性、セキュリティ、信頼性、リアルタイム性を同時に成立させるという要求だ。新世代のインテリジェントマシンが必要とするのも、まさにこの設計原則である。手術室、工場、公道など、フィジカルAIが稼働するあらゆる現場では、一度の判断ミスやシステム障害が重大な結果につながり得る。だからこそ、自動車産業で培われた設計原則は、フィジカルAIにおいても重要な意味を持つ。
日本のロボティクス産業は長年、精度/品質/信頼性において世界をリードしてきた。だからこそ、新たなフィジカルAIの潮流の中で、これまでとは異なる安全性をどう実現するかという課題に直面している。しかし、その手本は既に存在する。自動車産業が長年培ってきた安全性、セキュリティ、信頼性、リアルタイム性を統合する設計原則だ。これらを後付けではなく設計の核心に据えることで、日本はフィジカルAI時代においても世界をリードする存在であり続けることができるだろう。
ロボティクスの未来は、人間を置き換えることではなく、人間が暮らしている環境の中で、安全かつ自然に協働できるロボットを実現することにある。その実現には、安全性、セキュリティ、信頼性、リアルタイム性を支えるソフトウェア基盤が不可欠だ。フィジカルAI時代に求められる安全性を、いかに設計の核心に据えるか。この問いへの向き合い方が、日本のロボティクス業界の未来を左右することになるだろう。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
産業とセーフティにおけるロボティクスの未来とは
本稿では、QNXカントリーセールスディレクター日本のアガルワル・サッチン氏による、産業界におけるロボティクスの安全性とソフトウェアに関する寄稿をお届けする。
日本のロボット開発は「安全性」を優先、フィジカルAIも重視するが姿勢は慎重
QNXが日本を含む世界7カ国1000人のロボティクス開発者を対象に実施した調査レポートを実施した。世界全体がロボット開発におけるAIの能力向上を最優先事項に挙げる一方で、日本ではAI活用の前にセキュリティや機能安全といった安全性の確立を優先する「AIの前に安全基盤」という独自の姿勢が浮き彫りになった。
ロボット導入に積極的な中国と消極的な日本――QNXの調査で浮き彫りに
組み込みシステムの開発プラットフォームを展開するQNXはこのほど、世界各国の医療、製造、自動車、重機産業の経営幹部1000人を対象にロボットの導入に関する最新調査を実施した。同調査では、ロボット導入に対する日本と中国の考え方の違いが浮き彫りになった。
日本の組み込みソフト開発者はLinux採用でコスト節約もさまざまな課題に直面
BlackBerry Japanは、日本の組み込みソフトウェア開発者を対象とするアンケート調査の結果について説明した。
日本の自動車業界の「慎重さ」は強みか弱みか 車載ソフト開発の視点で分析する
日本の自動車業界は自動運転技術やSDVの開発において「慎重さ」を重視している。この「慎重さ」は強みとなるのか弱みとなるのか。QNXの車載ソフトウェア開発者1100人を対象に実施した調査を基に、日本の開発現場が持つ課題や戦略の独自性を分析する。
日本の車載ソフト開発者はSDV対応の現状に厳しい見方、リスク重視の慎重姿勢強く
QNXがSDVの開発に関するグローバル調査について説明。調査結果では、日本の車載ソフトウェア開発者が海外と比べて、規制への順守に困難を感じていたり、自社の開発環境の生産性を低く感じていたりするなど、現状に対して厳しい見方をしていることが分かった。
