「1回は大丈夫なのに、なぜ壊れる?」――椅子の疲労破壊をCAEで読む:CAEで逆引きするトラブル診断の思考法(2)(1/3 ページ)
連載「CAEで逆引きするトラブル診断の思考法」では、身近な製品トラブルを起点に、「なぜ壊れたのか」を逆算して読み解くCAEの思考プロセスを解説する。第2回では、椅子のリコール事例を題材に、「1回は壊れないのに、なぜ使い続けると壊れるのか」という疲労破壊のメカニズムを、CAEの視点から読み解く。
前回は、折りたたみ式の樹脂製踏み台が「なぜ突然壊れるのか」をテーマに、応力集中と動荷重の関係を追った。最後に「疲労破壊」という現象に触れ、「1万回、10万回と繰り返したとき――なぜ壊れるのか?」という問いを次回への宿題として残した。今回は、その宿題に向き合ってみたい。
皆さんの職場や家庭にある椅子を思い浮かべてほしい。椅子に座ろうとした瞬間、あるいは座っている最中に、突然壊れてしまった経験はないだろうか。毎日、何度も座り、立ち上がる。「1回座っただけでは何ともない」――それは事実だ。だが、その「1回」を数年間、毎日繰り返したとしたらどうだろう。設計においては、この問いへの答え次第で重大な結果になり得ることもある。
本連載について:
本連載は、NITEおよび経済産業省が公表する事故/リコール情報を題材に、CAEの考え方と活用法を解説するものです。特定の製品や企業、業界を批判する意図はなく、本文中のCAE解析に関する記述(応力コンター図のイメージなど)は、一般的な製品構造を想定した筆者の考察であり、実際のリコール対象製品を解析した結果ではありません。
【事例紹介】“正常品”が壊れた――椅子のリコール事例
椅子のリコールや製品事故は、家具/インテリア製品の中でも報告件数が多いカテゴリーの1つだ。経済産業省の製品安全ガイド(リコール情報)には、椅子に関する事案が複数掲載されており、「脚が折れた」「座面裏にき裂が入った」「背もたれが突然外れた」といった破損モードが繰り返し報告されている。
記憶に新しいところでは、2024年9月に製品評価技術基盤機構(NITE)が公表したオフィスチェアのリコール事例がある。この製品は、座裏の金具の溶接強度が不足していたとされ、通常使用を重ねる中で金具が座裏から分離し、背もたれが後方に倒れる事故につながった。また同年12月には、別メーカーから「使用中に座面裏側にき裂/破断が発生し、座面が傾いて転倒リスクを生じさせた」という事例も報告されている。
こうした事故に共通するのは、「製品が一定期間は正常に使えていた」という点だ。購入直後には問題がなく、数カ月〜数年使ったある日、突然壊れる。使用者からは「特に乱暴な扱いはしていない」という声が上がる。前回取り上げた踏み台のような「一撃で壊れる」パターンとは明らかに異なり、破損に至るまで時間がかかる。「外観に何も異常がなかった」という証言が繰り返されるのも、この種の事故の特徴だ。これこそが、今回のテーマである疲労破壊の典型的な発現形態といえる。
現場の勘:「板厚があれば大丈夫」
「椅子の脚や座面を強くするには?」――この問いに対し、ベテランエンジニアでなくても真っ先に考えるのは、「肉厚を増やす」「断面積を大きくする」といった対策だ。もちろん、デザインやコストなどの制約から、むやみに板厚を増やせるわけではない。しかし、材料力学の観点で見れば、板厚を増やして断面積を大きくすれば、同じ荷重に対する応力は下がる。「静的な解析で安全率2以上が出た。これで十分だろう」という判断は、一見すると合理的に思える。
実際、静荷重解析の世界では、この考え方は正しい。問題は、椅子が実使用で受ける荷重が「静荷重だけではない」という点だ。人が椅子に座る、立ち上がる、前に身を乗り出す、脚を組む、立ち上がる際に椅子を後ろへ引く――こうした動作の全てが、繰り返し荷重として椅子の各部位に少しずつ蓄積していく。
「板厚があれば大丈夫」という勘は、1回の荷重に対しては正しい。だが、その荷重が何万回と繰り返されたとき、材料内部では別の物語が静かに進行しているのだ。
CAEアプローチ:疲労破壊はなぜ起きるのか――思考プロセスを追う
まず「疲労」という現象を理解する
疲労破壊とは、許容応力以下の繰り返し荷重によって、材料内部にき裂が発生/進展し、最終的に破断へ至る現象を指す。「許容応力以下なのに壊れる」――これが疲労破壊の最も重要な特性であり、静荷重の常識だけでは説明できない現象だ。
金属の内部に目を向けると、繰り返し荷重を受けるたびに、結晶粒界や微小な欠陥の周辺に、ごく小さなき裂が形成される。これを「疲労き裂」と呼ぶ。発生初期のき裂は肉眼では確認できないほど小さい。しかし、荷重が繰り返されるたびに、き裂は少しずつ進展していく。そして、ある臨界サイズに達した瞬間、最後の一撃ともいえる最終破断が発生する――。これが「外観に何の異常もなかったのに、突然壊れた」という証言の正体だ。
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