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なぜ踏み台は突然壊れたのか――破損の謎をCAEで追うCAEで逆引きするトラブル診断の思考法(1)(1/3 ページ)

連載「CAEで逆引きするトラブル診断の思考法」では、身近な製品トラブルを起点に、「なぜ壊れたのか」を逆算して読み解くCAEの思考プロセスを解説する。第1回では、踏み台の破損事故を題材に、現場の勘とCAEの分析を対比しながら、破損要因をどのように導き出すかを順を追って整理する。

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「まさかこんなもので」が、一番怖い

 皆さんのご家庭にも、樹脂でできた折りたたみ式の踏み台が1つはあるのではないだろうか。高い棚に手を伸ばすとき、電球を交換するときなど、日常の何気ない場面で活躍する、あの軽くて便利な踏み台のことだ。皆さんはこの踏み台という製品に対して、どのくらいの“リスク”を感じているだろうか。

 脚立やはしごであれば「高所作業だから注意しよう」と身構えるだろう。しかし、踏み台は違う。ちょっと高い所に手を伸ばしたいときに、何の気なしに乗る。その“カジュアルさ”が、実は落とし穴だ。

 筆者は、「身近過ぎる製品ほど解析の盲点になりやすい」と感じることがある。設計者も使用者も、壊れる前提で考えていない。だからこそ、壊れたときのダメージが大きいのだ。今回はその「まさか」を、CAEの視点から読み解いていく。

 実際、踏み台による骨折事故は繰り返し発生している。製品評価技術基盤機構(NITE)の調査によれば、樹脂製踏み台の破損/転倒事故は1997年4月から2014年12月までに12件報告されており、うち3件が重大事故だという。なぜ、あれほどシンプルな構造の製品が突然壊れるのか。そして、設計段階でそれを見抜くことはできなかったのか。

 本連載では、身近な製品のトラブルやリコール事例を出発点に、「なぜ壊れたのか」をCAEの視点で追跡する。ツールの操作手順ではなく、「何をどう考えるか」という思考プロセスに焦点を当てる。第1回は、折りたたみ式の樹脂製踏み台が破損してしまうメカニズムを追う。

本連載について:

本連載は、NITEおよび経済産業省が公表する事故/リコール情報を題材に、CAEの考え方と活用法を解説するものです。特定の製品や企業、業界を批判する意図はなく、本文中のCAE解析に関する記述(応力コンター図のイメージなど)は、一般的な製品構造を想定した筆者の考察であり、実際のリコール対象製品を解析した結果ではありません。


【事例紹介】繰り返される「踏み台」の破損事故

 NITEは2015年、折りたたみ式の樹脂製踏み台の安全性について注意喚起を行った(ニュースリリース[PDF]はこちら)。報告されている事故の中には、60代の男性(体重約60kg)が高さ約30cmの折りたたみ踏み台から下りようとした際、踏み台が破損して転倒し、右足を骨折したという深刻なケースも含まれている。

 注目すべきは、NITEが実施した市販12銘柄に対する衝撃試験の結果である。人が上から踏み込む際の衝撃力を再現する試験方法で検証した結果、12銘柄中9銘柄が1回から7回の荷重負荷で破損し、10回の衝撃に耐えたのはわずか3銘柄にとどまった。

 さらに、経済産業省のリコール情報にも踏み台に関する事案がいくつか登録されており、中には重大製品事故を契機としたリコール製品も含まれている。

 ここで筆者が強調したいのは、これらの踏み台が「粗悪品」だったわけではないということだ。その多くが市販品として流通し、カタログ上の耐荷重もクリアしていたにもかかわらず、実際の使用環境で壊れているのだ。この「カタログスペックと実使用のギャップ」こそ、CAEで読み解くべきポイントではないだろうか。

 それにしても、なぜ見た目には何ともない踏み台が突然壊れるのか――。

 リコール対象となった製品や事故品の破損箇所を見てみると、脚そのものではなく、天板の中央付近や、天板を支える直下の横梁(よこばり)部分に集中していることが多い。ヒンジやリベットといった機構部の不具合ではなく、「樹脂部材そのものが割れている」事例が目立つ。これが今回の謎の核心である。

現場の勘:「継ぎ目が怪しい」

 「折りたたみ式の踏み台が壊れた」と聞いたとき、経験のあるエンジニアがまず疑うのはどこだろうか。おそらく多くの方が「折りたたみのヒンジ部分」や「天板と脚の接合部」、つまり“継ぎ目”を挙げるのではないか。

 折りたたみ機構には可動部がある。可動部はガタが生じやすく、ロック機構が完全でなければ、荷重を受けたときに外れる恐れもある。「まずは継ぎ目を疑え」というのは、製品設計の現場では理にかなった直感といえる。実際、筆者も最初はそう考えた。

 ところが、破損写真を詳細に見ていくと、ヒンジそのものが壊れているケースは思ったよりも少ない。むしろ目につくのは、天板そのものに走った大きなき裂や、天板直下の横梁の折損である。継ぎ目を疑う勘は間違いではないが、実際の破損点は機構部そのものではなく、機構を成立させるために形状が不連続になっている部位のすぐ近くに潜んでいることが多い。

 ではなぜ「そこ」が壊れるのか。ここからがCAEの出番だ。

CAEアプローチ:応力はどこに集まるのか――思考プロセスを追う

まず“力の流れ”をイメージしよう

 CAEで解析を始める前に、“力の流れ”をイメージすることが重要だ。

 人が踏み台に乗る場面を想像してほしい。荷重(体重)は天板の中央付近に加わり、それが脚を通じて床へと伝わる。シンプルに見えるが、力の流れの観点でもう少し細かく追うことで、見えてくるものがある。

 ここで注目すべきは、折りたたみ式踏み台の構造である。天板は単純な1枚板ではなく、折りたたむための分割線、ヒンジ機構、そして展開時に天板の沈み込みを支える天板直下の横梁(補強リブ)で構成されている。さらに、軽量化と樹脂成形の都合から、天板や側面には肉抜きの穴やスリットが多数配置されているのが一般的だ。

 つまり、人が乗ったときの荷重は次のように流れる――天板から天板直下の横梁、ヒンジ部へ、そして脚を経由して床へ。一見すると力は素直に下へ伝わっているように見えるが、それぞれの境目で断面形状が大きく変わる。形状が変わるところには、必ず「応力集中」の種が潜んでいる。

折りたたみ式踏み台に加わる“力の流れ”のイメージ
図1 折りたたみ式踏み台に加わる“力の流れ”のイメージ[クリックで拡大]

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