燃料電池セルの構成材料:燃料電池と構成材料の基礎知識(2)(1/3 ページ)
本連載では、水素を燃料として発電する「燃料電池」について、基本事項から技術開発動向までを、技術系の方でなくても理解できるように解説していきます。第2回では、燃料電池のセルを構成する各材料について、基本的な事項を説明していきます。
1.セルの全体構成
前回の第1回では、固体高分子形燃料電池の単セルの全体の構成を示しました。今回は、セルの各構成部材の材質や要求性能など、基本的な事項を説明していきます。
図1には、セル断面の模式図を示しています。固体高分子膜を中心として左右対称な材料構成となっています。実際には、アノードとカソードでは要求特性が異なるため、使用される材料や設計には違いがあります。
固体高分子膜の両側にはアノード触媒層とカソード触媒層が形成されています。膜の両面に触媒層が形成された部材をCCM(Catalyst-Coated Membrane)と呼びます(セルの製造工程については本連載の後半で解説予定)。
触媒層とセパレーターの間にはガス拡散層(Gas Diffusion Layer:GDL)が配置されます。この後に詳述しますが、最近の燃料電池の拡散層は、炭素繊維で作製された多孔質基材(カーボンペーパー)の上に、カーボン粒子で構成されたマイクロポーラス層(Microporous Layer:MPL)を積層した2層構造が主流となっています。
一方、ガス拡散層の上に触媒層を形成したものをCCS(Catalyst-Coated Substrate)と呼び、アノードとカソードのCCSの間に高分子膜を挟んでセルを作製する場合もあります。
いずれにしても図1にある通り、高分子膜を中心として両極に触媒層+ガス拡散層を接合したものを膜-電極接合体(Membrane-Electrode Assembly:MEA)と呼びます。このMEAをセパレーターで挟み込んで必要枚数を積層したものがスタックになります。
高分子膜の両側に触媒層を形成したCCMを3層構造MEA、ここにガス拡散層を接合したものを5層構造MEA、と呼ぶこともあります。さらに5層構造MEAの両面にガスケット(シール材)を接着したものを7層構造MEAということもあります。
本連載では、特に断りが無くMEAと表記した場合、図1にある通り、膜の両側に「触媒層+拡散層」が接合された部材を指すこととします。
2.電解質膜
図2には、固体高分子形燃料電池に長年適用されてきたフッ素系高分子膜の基本的な化学構造と模式図を示しています(フッ素を含まない炭化水素系膜については、連載の後半で触れる予定)。
主鎖の化学構造は、エチレン(CH2=CH2)の水素原子が全てフッ素(F)原子で置換されたテトラフルオロエチレン(CF2=CF2)が、直線状に長くつながった高分子になっています。主鎖の一部からは、酸素原子を介して側鎖がつながり、その末端にスルホン酸基(-SO3H)が結合しています。
このスルホン酸基は互いに集まって「クラスター」(ブドウの房のような集合体)を形成しており、その大きさはおよそ2〜5nm(1nmは1mmの100万分の1)です。さらに、クラスター同士は約1nm程度の細いパス(通路)でつながり、膜の中で3次元的なネットワーク構造を作っています。
主鎖や側鎖の各原子団の数は製品によって異なり、それに伴う構造の違いや膜の加湿状態によってクラスターやパスの大きさが変わってきます。
膜が加湿されると、クラスター内が水で満たされ、スルホン酸基の水素原子が水素イオン(H+)として動けるようになります。水素イオンは水分子に結合してオキソニウムイオン(H3O+)となり、主にグロータス(Grotthuss)機構(ホッピング機構とも呼ばれる)で隣接の水分子を介して膜中を移動します。
膜に求められる性能は図3に示した通りで、主に次の4点が挙げられます。
(1)水素イオン伝導性が高いこと
(2)化学的に安定であること
(3)ガスクロスリーク(膜を通じて水素と酸素が通り抜ける)が少ないこと
(4)機械的強度が高いこと
(1)は最も重要な項目です。水素イオン伝導性が低いと膜の電気抵抗が高くなり、電池の内部抵抗が増加して出力が低下します。この点については次回詳しく説明します。
(2)と(3)は、燃料電池の運転中に過酸化水素(H2O2)が生成する場合があり、これにより膜が化学的に劣化することに関連します。膜の劣化が進むとガスクロスリークが増加して出力が低下し、最終的には発電不能に至ります。膜の化学的劣化と対応策については、連載の後半で詳しく解説する予定です。
(4)については、(1)とのトレードオフの関係があります。膜を薄くすると抵抗は下がりますが、機械的強度は低下します。膜厚を薄くしつつ強度を保つことが必要となります。運転中に膜が破断してしまうとガスクロスリークが大幅に増加し、発電不能となってしまいます。場合によっては爆発の危険性もあります。電解質膜は、アノードとカソードのガスを分離する役割も求められます。
トヨタの燃料電池自動車(FCV)「第2世代MIRAI」の燃料電池にはGoreの膜が採用されており【参考資料1】、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE、いわゆるテフロン)を延伸加工した多孔質材料(ePTFE)が補強材に使われています。膜厚は、実測値で8.5μmと薄く【参考資料2】、一般的な食品用ラップフィルム(約10μm)と同程度の厚さです。
フッ素系高分子膜は、いわゆる「PFAS」物質の1つとして、欧州化学物質庁(ECHA:European Chemicals Agency)では使用規制案の検討が進んでいます。2026年3月26日付で、リスク評価委員会(RAC)から最終意見が、社会経済分析委員会(SEAC)からは意見草案が公開されました。また同日付でSEAC意見草案に対するパブリックコメントの募集(60日間)が始まりました(5/25で募集終了)【参考資料3】。詳しくはECHAのwebサイトをご覧ください。
電解質膜は、燃料電池の性能を左右する重要な材料の1つです。フッ素系高分子膜は、プロトン伝導性や耐久性の面で優れている一方、コストの高さが課題となっています。これに対し低コストが期待できる非フッ素系膜(炭化水素系膜)の開発も進んでいます【参考資料4】。今後の燃料電池用固体高分子膜の開発の方向性は、PFAS規制の動向で大きく変わってくる可能性があります。
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