日本版データスペースの司令塔、「デジタルエコシステム官民協議会」が描く勝ち筋:加速するデータ共有圏と日本へのインパクト(8)(3/3 ページ)
欧州を中心に進むデータ共有圏の動向やその日本へのインパクトについて解説してきた本連載だが、第8回は日本のデータスペース推進の強力なナショナルフロントとして始動した「デジタルエコシステム官民協議会」について紹介する。
アジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)という拡張
さらに日本の視野は、先行する欧州だけにとどまらない。日本と経済的にも、サプライチェーン的にも極めて関係の深い「東南アジア(ASEAN)」諸国との連携も進めており、独自の戦略的価値を構築する。
現在、世界のデータスペースの議論は「ユーロセントリック(欧州中心)」に進みがちだ。しかし日本は、「アジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)」という枠組みの中で、より広範な構想を描いている。アジアのパートナー国と国境を越えて温室効果ガス(GHG)の排出量データを連携し、アジアのサプライチェーン全体での脱炭素化を推し進めるというダイナミックな試みである。
アジアにはまだ本格的なデータスペースは存在していないが、長期的視野に立ち、アジア諸国を巻き込んだエコシステムを構築していくことは、Society 5.0の理念をグローバルに拡張する大きな挑戦だといえるだろう。
現場の「暗黙知」× AI、学習データ枯渇を救う日本の切り札
データスペースの普及は、昨今急速にビジネスを変革しているAI(人工知能)技術と極めて深いシナジーを持つ。現在、大規模言語モデル(LLM)をはじめとするAIはインターネット上の公開データを学習して進化しているが、開発の最前線では「質の高い学習データが枯渇していく」という懸念が指摘されている。
ここに、日本企業が世界のAI競争において優位に立つための大きな機会がある。日本の産業現場、とりわけ製造業領域には、インターネットには決して公開されていない精緻なデータや、長年培われた現場の「暗黙知」が大量に蓄積されている。データスペースを通じてこれらの秘匿された産業データがセキュアに共有されれば、AIに未開拓の学習リソースを与え、AIモデルをさらに高度な次元へと発展させることが可能になるのだ。
これを実現するための鍵が「インセンティブ設計」である。自社のデータを、他社と共有する「協調領域」と、自社のコア競争力として秘匿する「競争領域」に明確に切り分ける。そして、「協調領域のデータを積極的にデータスペースに提供すれば、自社の競争領域をさらに高度化できる新たな知見(リターン)が得られる」というエコシステムの循環を作ることが不可欠だ。データを出した企業が明確にもうかり、競争力が上がる仕組みこそが、上流から下流まであらゆる企業を巻き込む原動力となる。
実装へのロードマップ、既存システムの活用と中小企業支援
構想を絵に描いた餅に終わらせないため、デジタルエコシステム官民協議会では「屋上屋を架さない」現実的なアプローチをとる。例えば、電子情報技術産業協会(JEITA)の「Green x Digitalコンソーシアム」におけるCO2見える化の取り組みや、蓄電池のトレーサビリティーなどで運用が進んでいる日本の産業データ連携基盤「ウラノス・エコシステム」など、すでに実ニーズがあり稼働している分野を積極的に活用する。環境分野という国際的要請の強い領域から「ファーストユースケース」を早急に確立し、「データスペースに参加したことで実際に競争力が上がった」という成功体験を生み出すことが当面の目標となる。
同時に、日本のサプライチェーンを根底で支える「中小企業」の巻き込みは避けて通れない課題だ。デジタルプロダクトパスポート(DPP)などの規制が直撃する業界は大企業を中心に感度が急速に高まっているが、脅威が迫っていない業界や中小企業との「温度差」は依然として存在する。社内の体制整備やシステム構築のリソースが不足しがちな中小企業が、スムーズにデータスペースに参画できるような政府の強力な支援策(資金補助、ノウハウ提供など)の実行が、提言の中でも強く求められている。
日本企業が今取るべき「データスペースレディ」への変革
経団連やデジタルエコシステム官民協議会は今後、具体的な成果を基にした普及啓発活動をさらに加速させる計画だ。経団連は日本企業に対し、まずは国内外のデータスペースの動きを正確に「認知」することが必要であると考えている。
政府や協議会がトラスト基盤などの環境整備を進めるのと並行して、企業自身も自社のデータガバナンス体制を見直し、いつでもデータスペースに接続できる「データスペースレディ(データスペースに接続できる準備が整った状態)」へと組織をアップデートしておくことが重要だ。縦割りを排し、産学官が一体となって構築するこのデータエコシステムは、単なる規制対応ツールではない。日本企業が世界の持続可能な成長をリードし、AI時代における次世代の競争力を獲得するための、鍵となる取り組みとなるだろう。
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筆者紹介
小宮昌人(こみや まさひと)
株式会社d-strategy,inc 代表取締役CEO
東京国際大学 データサイエンス研究所 特任准教授
日立製作所、デロイトトーマツコンサルティング、野村総合研究所、産業革新投資機構 JIC-ベンチャーグロースインベストメンツを経て現職。2024年4月より東京国際大学データサイエンス研究所の特任准教授としてサプライチェーン×データサイエンスの教育・研究に従事。加えて、株式会社d-strategy,inc代表取締役CEOとして下記の企業支援を実施。
(1)企業のDX・ソリューション戦略・新規事業支援
(2)スタートアップの経営・事業戦略・事業開発支援
(3)大企業・CVCのオープンイノベーション・スタートアップ連携支援
(4)コンサルティングファーム・ソリューション会社向け後方支援
専門は生成AIを用いた経営変革(Generative DX戦略)、デジタル技術を活用したビジネスモデル変革(プラットフォーム/リカーリング/ソリューションビジネスなど)、デザイン思考を用いた事業創出(社会課題起点)、インダストリー4.0・製造業IoT/DX、産業DX(建設・物流・農業など)、次世代モビリティ(空飛ぶクルマ、自動運転など)、スマートシティ・スーパーシティ、サステナビリティ(インダストリー5.0)、データ共有ネットワーク(IDSA、GAIA-X、Catena-Xなど)、ロボティクス・ロボットSIer、デジタルツイン・産業メタバース、エコシステムマネジメント、イノベーション創出・スタートアップ連携、ルール形成・標準化、デジタル地方事業創生など。
近著に『製造業プラットフォーム戦略』(日経BP)、『日本型プラットフォームビジネス』(日本経済新聞出版社/共著)、『メタ産業革命〜メタバース×デジタルツインでビジネスが変わる〜』(日経BP)があり、2024年11月には『生成<ジェネレーティブ>DX 生成AIが生んだ新たなビジネスモデル』(SBクリエイティブ)を出版。経済産業省『サプライチェーン強靭化・高度化を通じた、我が国とASEAN一体となった成長の実現研究会』委員(2022)、経済産業省『デジタル時代のグローバルサプライチェーン高度化研究会/グローバルサプライチェーンデータ共有・連携WG』委員(2022)、Webメディア ビジネス+ITでの連載『デジタル産業構造論』(月1回)、日経産業新聞連載『戦略フォーサイト ものづくりDX』(2022年2月-3月)など。
- 問い合わせ([*]を@に変換):masahito.komiya[*]keio.jp
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