その在庫、いつ現金に戻りますか? 経営をけん引するSCMへのアップデート術:「稼ぐサプライチェーン」の作り方(1)(2/3 ページ)
現場のサプライチェーン改善は、会社のキャッシュ創出につながる――。本連載では、実践的な知見をもとに「稼ぐサプライチェーン」の構築法を解き明かします。第1回となる今回は、現場の意思決定を経営レベルへと引き上げる第一歩として、物流担当者が身につけるべき「B/S(貸借対照表)視点」と、現場の数字の捉え直し方を取り上げます。
在庫は「モノ」ではなく「キャッシュ」である
この問題を正しく理解するためには、B/Sの視点が不可欠です。B/Sは、企業の「いま持っているもの(資産)」と、「それをどのように調達したか(負債、純資産)」を表すもので、基本構造は次の図の通りです。
ここで重要なのは、在庫は「資産」であるという点です。先ほどのX社のケースを使って、在庫が増える前後で何が起きたのかを見ていきます。X社は、一般的な製造業に見られるバランスの取れたB/Sを持っていました。この状態では、在庫は一定量あるものの、現預金も一定水準を確保できています。
その後、納期短縮や受注増への対応として在庫を積み増した結果、次のように変化しました。
ここで注目すべきは、資産の総額ではなく「構成」です。
- 現預金:6.0億 → 2.5億円
- 在庫:7.5億 → 11.0億円
つまり、帳簿上は現金が在庫に置き換わっただけで、資産の合計額は大きく変わらないように見えます。しかし、企業にとって最も重要な「自由に使えるお金」はその分だけ減っています。もちろん、いずれ在庫が売れれば「在庫 → 売掛金 → 現預金」と形を変え、手元にお金は戻ってきます。問題は、倉庫に置かれている間、キャッシュが在庫という形で“固定化”され、身動きが取れなくなることです。さらに、もし売れ残って「捨てる」ことになれば、そのキャッシュは二度と戻ってきません。
特にB2Bビジネスでは、「売れるまでの期間が長い(在庫 → 売掛金)」「回収サイトが長い(売掛金 → 現預金)」といった特徴があるため、キャッシュの拘束期間はさらに長くなります。したがって、キャッシュを在庫に変える意思決定は、売り上げだけでなく、B/Sやキャッシュフローの観点も含めて、総合的に判断する必要があるのです。
サプライチェーンは「3つの視点」で判断する
ここまで見てきたように、在庫は単なるオペレーションの対象ではなく、企業のキャッシュに直結する重要な要素です。つまり、物流やSCM担当者に求められる視点も変わります。従来は、「コスト(原価や費用)を下げる」「効率を高める」といったP/L中心の考え方が主流でした。しかしこれからは、次の3つの視点を統合して意思決定を行う必要があります。
- P/L:売上原価、物流コスト
- B/S:現預金、在庫
- キャッシュフロー:資金繰りの見通し
この3つを同時に見ることで、意思決定の質は大きく変わります。図のように、スーパーでの買い物に置き換えて考えてみましょう。
表から分かる通り、私たちは日常生活では自然と3つの視点を同時に使って意思決定をしています。もし、食べたいもの(P/L)だけを優先し、冷蔵庫の中身(B/S)を確認せず、お金の予定(キャッシュフロー)も考えず、買い物をしたらどうなるでしょうか。冷蔵庫はいっぱいになるかもしれませんが、食材は使い切れず、手元の現金は減り、次の支払いに困る、という状態になります。
企業のサプライチェーンも、同じ構造です。それにもかかわらず、企業では3つの視点が分断されたまま意思決定が行われることが少なくありません。なぜ同時に見られないのでしょうか。理由の1つは、部門ごとに異なる指標で評価されていることです。
- 営業:売上最大化(P/L)
- 生産:稼働率最大化(P/L寄り)
- SCM:在庫最適化(B/S)
- 経理:資金繰り(キャッシュフロー)
それぞれが合理的に動いているにもかかわらず、全体としては最適化されない。これがサプライチェーンの難しさです。例えば、営業は受注を取りに行き、生産は前倒しで作り、SCMは在庫を持つことで納期を守ります。しかしその結果、キャッシュは在庫として固定化され、資金繰りが悪化します。つまり、部分最適の積み重ねが、全体最適を崩す構造になっているのです。
図は、サプライチェーンの意思決定の具体例を表したものです。これらの判断には必ずトレードオフが存在し、コストとキャッシュは基本的に逆方向に動く関係にあります。重要なのは、「どちらが正しいか」ではなく、どのバランスが自社にとって最適かを見極めることです。そのためには、P/L、B/S、キャッシュフローを切り分けて考えるのではなく、常に同時に見る視点を持つことが求められます。
また、意思決定のたびに次に挙げる3つの視点を確認することも重要です。
- 利益やコストにどう影響するか(P/L)
- キャッシュと在庫はどのくらい増減するか(B/S)
- 在庫になったキャッシュはいつ戻るか(キャッシュフロー)
この3つの視点を持つことで、在庫や物流に関する日々の意思決定は、「部分最適」から「全体最適」へと変わっていきます。
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