腰痛予防デバイスから考える「現場理解」の難しさ:必要とされるモノづくりの追求(2)(2/2 ページ)
連載「必要とされるモノづくりの追求」では、研究開発と実際の現場/ユーザーとの間に生じるギャップを整理しながら、技術の価値をどこに置くべきかを問い直し、必要とされるモノづくりの在り方を考察する。第2回は、「現場を理解したつもりになる」ことがなぜズレを生むのかをテーマに、腰痛予防デバイスの開発を例に、その背景と構造を整理する。
現場を理解した“つもり”が生むズレ
ここで重要なのは、「腰の負担を減らす」という課題設定自体は間違っていないという点です。むしろ、本質的で重要な課題です。
問題は、その課題の捉え方にあります。開発者は「腰に負担がかかっている」という事実を、「腰部負担を低減する」という工学的課題へと変換します。そして、その解決策として装着型ロボットのような技術を設計します。このプロセス自体は正しいものです。
しかし、現場では、
- 作業の流れ
- 時間的制約
- 環境条件
- 心理的負担
といった要素が同時に存在しています。つまり、課題は「腰の負担」だけでは完結しません。それにもかかわらず、一部の課題だけを切り出して解決しようとすると、「正しいが使われない技術」が生まれてしまいます。これは、現場を理解していないというより、「理解したつもりになっている」状態に近いのかもしれません。
では、どのような技術が求められるのか
こうした背景を踏まえ、私たちは腰部負担となる姿勢を検知し、装着者にリアルタイムでお知らせするスマートデバイス「Body Eye」の開発に取り組んでいます。
同デバイスは、前傾角度やひねり動作、重量物持ち上げ検知なども含めて、腰部に負担のかかる姿勢や動作を検知することが可能なスマートデバイスであり、胸ポケットに挿入して使用します。ポケットに入れるだけで装着者の姿勢をリアルタイムに計測することができます。また、スマートフォンと連動しており、腰に負担のかかる動作が検出された場合には、アラームや振動によって注意を促します。
重要なのは、このデバイスが「姿勢そのものを物理的に変える」のではなく、「姿勢の異常に気付いてもらう」ということを目的としている点です。
「腰の負担を減らす」という課題設定は装着型ロボットと同じですが、その課題を解決するのは、あくまでも看護師や介護士自身となります。専用デバイスが腰に負担のかかる姿勢を検知し、装着者に警告する――。その警告によって、看護師/介護士自身が「この姿勢は腰に負担がかかっている」ということを認識し、自身で姿勢改善を行うという解決策です。
この解決方法は、共同で開発を行っている看護学部の方々の気付きによって生まれたものです。われわれ工学の視点のみでは、決して出てこないアイデアでした。看護を知る現場だからこその視点といえるのではないでしょうか。
実際に、看護師の方に協力していただき、ベッドから車いすへの移乗介助動作にて姿勢を計測してみると、警告音があることによって前傾角度やひねり角度が有意に減少したことを確認できました。一見シンプルな解決方法ですが、実際の看護現場で使用することを考えると、現実的かつ有効な手法であると考えています。
技術の価値は「現場の中で使えるか」で決まる
装着型ロボットのように高い技術力を持つ製品であっても、現場で使われなければ、その価値は十分に発揮されません。一方で、必ずしも最先端の技術でなくても、現場の流れに自然に組み込まれる技術は、継続的に使われる可能性があります。
モノづくりにおいて重要なのは、「何ができるか」だけでなく、「どのように使われるか」を考えることです。現場を理解したつもりになるのではなく、現場の中で技術がどのように使われるのかを考え続けること――。その積み重ねが、本当に必要とされるモノづくりにつながるのだと思います。
姿勢改善スマートデバイスとして開発したBody Eyeは、企業と協力し販売化まで進めることができましたが、看護や介護の現場からは現在も改善点に関する声が寄せられています。われわれ工学者にとっては簡単な操作であっても、現場からは「もっと簡単に使いたい」という声や、「胸ポケットにはペンなどを入れているため首元に装着したい」といった声もいただいています。
これらの現場からの声は、まさに現場のリアルな声です。モノづくりは作って終わりではなく、現場の声を大切にしながら、継続的にコミュニケーションを取り続けることが重要です。 (次回へ続く)
筆者プロフィール
伊丹 琢(いたみ たく)
明治大学理工学部電気電子生命学科 専任講師
スマートメカトロニクス研究室(伊丹研究室)主宰
1992年生まれ。2020年に博士号(工学、三重大学大学院工学研究科)を取得。2020年4月から2024年3月まで青山学院大学理工学部で助教を務め、2024年4月から明治大学理工学部電気電子生命学科に着任し、スマートメカトロニクス研究室(伊丹研究室)を主宰する。2022年4月から岐阜大学大学院医学系研究科博士課程(社会人・リハビリテーション学)に在籍。医療・福祉デバイスを中心とした、「現場で本当に必要とされる技術」を志向した研究開発に取り組む。
また、若者たちが輝ける未来社会を実現することを重要な使命と捉え、教育・社会連携活動にも積極的に取り組む。地方自治体や企業と連携した「学生未来プロジェクト」や「未来イノベーションプロジェクト」を立ち上げ、学生が実社会の課題に向き合いながら、研究開発・実証・発信までを経験できる教育研究プロジェクトを多数推進。企業・医療機関との共同研究、展示会への出展、地域社会との連携活動などを通じて、研究成果を社会に開く実践的な場づくりを行う。
⇒ スマートメカトロニクス研究室|伊丹琢|明治大学|神奈川県
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