炭素繊維市場創出の“場”として機能する金沢工大 ICC、参加企業が見いだす意義:製造業“X”探訪(3)ICC(後編)(4/4 ページ)
多くの製造業がDXで十分な成果が得られていない中、あらためてDXの「X」の重要性に注目が集まっている。本連載では、「製造業X」として注目を集めている先進企業の実像に迫るとともに、必要な考え方や取り組みについて構造的に解き明かしていく。第3回では、金沢工業大学の革新複合材料研究開発センター(ICC)に参画する4社の製造業の取り組みから、エコシステムの実像を紹介する。
「研究開発加速と社内人材教育が可能なオープンな場」サンコロナ小田
最後に訪れたのは、石川県小松市の化学繊維メーカーであるサンコロナ小田だ。サンコロナ小田の代表取締役社長である小田外喜夫氏は、ビジョナリー経営を貫き「イキイキハートのイキイキ経営」というスローガンで有名な地元の名経営者の一人である。創業当初は、撚糸業を主力としていたが、独自の糸加工「分繊技術」を核に成長した。現在は、北陸に約100社の協力工場、中国とベトナムに子会社を持ち、最適地生産のグローバルサプライチェーンを構築している。この「分繊加工技術」を生かして、早くから炭素繊維を「開繊」した炭素繊維複合材料を開発してきた。
炭素繊維に取り組んだきっかけについて小田氏は、2009年の東レの石川工場で炭素繊維複合材料プリプレグ工場の立ち上げを挙げる。「これを聞いて炭素繊維に向かわないといけないと考えた」(小田氏)。ただ、中堅/中小企業がそれぞれ単独で参入するのは難しい。そこで地元で誘致活動を進め、最終的に東京大学から複合材料を専門とする鵜澤氏が転任し、2014年にICCができた。
小田氏は「鵜澤氏率いるICCはオープンイノベーションを前提とし、各企業の経営者や技術者の問いに対してオープンで明確な回答をくれた。また、研究に柔軟性があり、企業側に変更の自由度があった。コストも含めて探索する企業にとって現実的な解が得られる場を作ってくれた」とICCの役割の重要性について語る。
炭素繊維に用いる樹脂は、分子量や粘度特性など、材料側の条件が効きやすい。化学的変数が多く、それらの条件を絞り込んでいく必要がある。また、成形の際の形の作りやすさは、素材と型の中での流れやすさに関係している。サンコロナ小田とICCでは、これらの分子量や流れやすさのデータをサンコロナ小田側が収集し、どのようにすれば求める結果が出せるかをICCと共同で開発してきたという。「企業から大学に研究委託してきた形とは根本から異なる」と小田氏は強調する。
ただ、サンコロナ小田はICC内での企業間協業はあえて行っていないという。「われわれは繊維産業の中で市場開拓までを行い、一気通貫で市場を生み出してきた経験がある。炭素繊維複合材料の分野でも何をしなければいけないかは分かっている。ただ、どうやるかという手段の部分でICCに協力してもらっている」と小田氏は説明する。
また、サンコロナ小田では、ICCを社内のコンポジット部の教育機関として活用する動きもあるという。「ICCをサテライトオフィスのように使うことで、研究開発業務になじみのなかった人間が、現場で他のメンバーと一緒になることで成長する」と小田氏は語っている。
さらに、「当初は大企業の人も少なく、みんなで一緒に学ぶことができた。ICCで出口戦略を一緒に検討する中で、大企業との情報共有が重要になり、実際に連携する動きなども作れるようになってきた。ICCは、共同研究という会社単位の取り組みと、現場に通う個人同士の知的好奇心を刺激する場が、うまくかみ合っていると感じる」と小田氏はICCの良い点について述べている。
4社から話を聞くと、各企業の立ち位置とICCとの関係は、それぞれ異なっている。どの企業も石川が発祥の地であり、繊維産業と機械産業、そして伝統工芸というモノづくり産地で育ってきたという共通部分を除いては、それぞれが担っている技術分野もビジネスモデルも違う。
前編で描いてきた「(1)どの市場を狙うか」「(2)どんな素材を開発するか」「(3)どう成形加工するか」といった3つの機能を併せ持ち、さらにアウトリーチ活動を含めた出口戦略まで伴走するICCに対して、それぞれの企業が自社のスタンスで付き合っている。
複合材という新しい素材に適した新規市場を開拓し、企業変革(X)をしていくうえで、その土台となる部分が必ず必要になる。ICCが柔軟性のあるオープンなイノベーションプラットフォームを提供していることが、新産業の創出に必要なリソースや場を提供しているということだ。そして、「複合材料は新しくてまだ小さな市場なので、みんなで一緒に市場を広げていくという共通の目標がある」(鵜澤氏)という意識が、ICCにも各企業にも共有されていることが、この領域におけるイノベーションのエコシステムを生み出す基盤となっていると感じた。
筆者プロフィール
西垣淳子(にしがき あつこ)
1991年に東京大学法学部卒業後、通商産業省(現経済産業省)入省。経済産業省では日本の魅力を発信するクールジャパン政策や、日本のモノづくり産業支援政策などを推進。特許庁時代には、商標や意匠を活用したブランディング戦略や、技術情報などをベースとした知財戦略を支援した。その後、石川県の副知事となり、デジタル化、グリーン化などに取り組んだ。2025年から政策研究大学院大学 特任教授、金沢工業大学 産学連携室 客員教授を務める。
楠和浩(くすのき かずひろ)
1988年に九州大学大学院を修了後、三菱電機入社。研究所にてリアルタイムネットワークの研究開発に従事。また、名古屋製作所でCC-Link IEの開発やe-F@ctoryの事業企画などを担当。情報技術総合研究所長、FAシステム事業本部役員技監として研究開発を統括した。2023年から早稲田大学研究戦略センター教授。ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI)WG1共同主査(2022年度)、一般社団法人インダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ(IVI)理事などを務める。博士(工学)。
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