検証で見えた「AirShaper」の真価 CFDの民主化は信頼性と拡張性から:AirShaperとは? その実力を拝見(3)(4/4 ページ)
CFDソフトウェアは設計現場においても徐々に普及しつつあるが、導入コストや操作の難しさから、気軽に扱える環境は依然として限られている。そうした中で登場したのが、クラウドベースのCFD解析サービス「AirShaper」だ。本連載ではその実力と可能性を、実際の使用感とともに検証する。第3回は、AirShaperの“信頼性”と“拡張性”に焦点を当て、その真価を探る。
AirShaperが開く未来――業界の垣根を超えるCFD
構造解析における「設計者CAE」によって、従来は専門家が担当していたFEM解析を、3D CADの操作の延長で設計者が行えるようになったように、流体解析においても同じ変化が起きつつあります。
この「手軽さ」「信頼性」「拡張性」の三位一体が、CFDという技術を限られた専門部署から解放し、多くの分野で活用できるイノベーションドライバーになる可能性があります。テクノロジーは、専門分野から解放されたとき、他分野の人が触れることでより多様な活用法が見いだされるものだと筆者は感じています。
このあたりについては、筆者の印象を長々と述べるよりも、AirShaperが自社のWebサイトで公開しているCases(事例)やVideos(ビデオライブラリ)を確認して判断していただくのがよいでしょう。公開されているケースの内容としては、以下のようなものがあります。
最前線の自動車産業
EV(電気自動車)の航続距離が空力性能に直結する現代において、AirShaperの技術は積極的に活用されています。「Rivian R1T」のような新型EVピックアップトラックの空力解析では、メーカーのエンジニアが「(AirShaperの解析は)われわれの風洞実験の結果と驚くほど一致している」と公に認めています。
また、第2回のレビューの土台となった学術論文で示された「Tesla Cybertruck」の3Dスキャンデータ解析など、話題の車種も迅速に分析されています。
業界の垣根を超えるCFD
事例は自動車やドローンといった“いかにも”な分野にとどまりません。
- スポーツ分野:ロードレース用の自転車ヘルメット、スキージャンプ選手の姿勢、さらにはボブスレーのソリまで、コンマ1秒を争う世界での空力最適化に活用されている
- 建築/都市分野:都市部の高層ビルが引き起こす「ビル風」のシミュレーションや、スタジアムの風環境の評価など、快適な都市空間の設計に貢献している
- トップレベルの研究機関:AirShaperのビデオライブラリでは、NASA(米航空宇宙局)のプロジェクトで同社の技術が活用されている様子も紹介されており、その技術レベルが世界の研究機関にも認められていることが分かる
公開されている内容は基本的に外部流れの計算が中心となるため、設計対象によっては当てはまらない場合もあります。しかし、少なくとも上記の分野においては、実績として十分に証明されているといえるでしょう。
いずれにしても、これらの事例は、CFDが専門家による高価な計算ではなく、「現場の設計者や研究者が課題解決のために直接使うツール」へと変化し始めている兆候ではないかと、筆者は感じています。
総括:真の“CFDの民主化”とは何か
今回の3回にわたる本レビューシリーズは、SaaS型CFDのAirShaperというソフトウェアに筆者が面白さを感じたことがきっかけでした。構造解析において起きてきたシミュレーションの民主化が、流体解析においても起こり得るのではないかと思っていたところ、ひょんなことから出会ったツールだったのです。
従来のCFDが抱えていた3つの壁――「高コスト」「専門知識」「ハイエンドPC」――は、多くの設計者にとって導入のハードルとなっていました。
AirShaperは、SaaSというビジネスモデルと、OpenFOAMをベースにした高度な自動化技術(非水密対応、AMR、自動収束)によって、これらの壁を劇的に低くしています。正直なところ、筆者が普段使用している商用ソフトウェアと比較すると、用意されている機能は限定的です。しかし、現状の機能であっても、外部流れの解析でeVTOLの機体を解析した際には、その一点において非常に優れていると感じました。
第2回で筆者が体験したように、設計者自身が「この形状を試してみたい」と思ったとき、数時間後にはその空力特性を(信頼できる形で)手に入れることができます。このスピード感こそ、多くのエンジニアが望むものではないでしょうか。
外部の受託サービスに依頼すれば、どうしてもある程度の時間がかかります。また、自社でソフトウェアを保有していても、その経験値や、インストールされているマシンのスペックに縛られてしまう場合があります。
こうした制約が解消されるというのは、大きな価値だと筆者は感じます。では、AirShaperがもたらす真の価値とは何でしょうか。
それは、中小企業やスタートアップが、これまで大企業しか持ち得なかった高価なシミュレーション環境や専門部署を持たなくても、空力設計という同じ土俵に立てるようになったことです。また、教育機関や個人の学習者が、教科書の中の理論(ベルヌーイの定理やナビエ=ストークス方程式)が、現実の物体の周囲でどのように振る舞うのかを、安価に、かつ視覚的に試行錯誤できる環境を手に入れたことです。
AirShaperは、簡易的なシミュレーションツールではありません。設計の最も初期段階で「空力」という性能を当たり前の要素として織り込むことを可能にするツールといえます。つまり、これこそが“CFDの民主化”の具体的な姿なのかもしれません。 (連載完)
Profile
水野 操(みずの みさお)
1967年生まれ。mfabrica合同会社 社長。ニコラデザイン・アンド・テクノロジー代表取締役。3D-GAN理事。外資系大手PLMベンダーやコンサルティングファームにて3次元CADやCAE、エンタープライズPDMの導入に携わった他、プロダクトマーケティングやビジネスデベロップメントに従事。2004年11月にニコラデザイン・アンド・テクノロジーを起業し、オリジナルブランドの製品を展開。2016年に新たにmfabrica合同会社を設立し、3D CADやCAE、3Dプリンタ関連事業、製品開発、新規事業支援のサービスを積極的に推進している。著書に著書に『絵ときでわかる3次元CADの本』(日刊工業新聞社刊)などがある。
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