PLMが組織に根付くためのトランスフォーメーション:AIとデータ基盤で実現する製造業変革論(5)(2/2 ページ)
本連載では、製造業の競争力の維持/強化に欠かせないPLMに焦点を当て、データ活用の課題を整理しながら、コンセプトとしてのPLM実現に向けたアプローチを解説する。最終回となる第5回は、日々の伴走事例から見えてきた「変革実現のポイント」ついて取り上げる。
3.変革の実現に向けたダブルループという考え方
PLMというコンセプトの実現は、業務やシステムを全てデザインしてから開始するのではなく、データの活用と蓄積を段階的に進めていくことが近道であると考えています。キャディが支援するある大手メーカーの取り組みを例に、この点を解説します。
この企業では、事業全体で生産性を大きく引き上げる必要がありました。しかし、いきなり事業全体で展開しても、スピード感を欠いてしまいます。そこで同社が選んだのは、課題が顕在化していた調達部門から着手するという判断でした。
調達部門では、製品のバリエーションが多いため、日々扱う図面の量は膨大で、過去の購買実績や価格査定が属人的になりがちでした。その結果、スピードと再現性のある判断を行うことが困難だったのです。
こうした課題に対し、当社のプロダクトである製造業AIデータプラットフォーム「CADDi」を導入し、図面や発注情報を直感的に検索/活用できる環境や、類似品のコスト分析を簡単に行える仕組みを整備したところ、活用開始から数カ月で検索効率が約80%向上しました。
初期の段階で活用したデータは限定的でしたが、現場が業務効率の向上という「うれしさ」や「ありがたみ」を実感したところでデータを拡充し、検索だけでなくコスト削減分析などにも活用の幅を広げました。その結果、コスト削減分析においても、短期間で成果を上げることに成功しました。こうした手応えの一つ一つが、事業部内の機運を高めていくのです。
また、この成功の背後には、若手リーダーによる推進と経営層の強力なバックアップがありました。現場からの熱量とトップの支援が交わったことで、変革のコンセプトが組織に根付き始めたのです。
この調達部門での成功を受け、次に着手したのは設計部門でした。半年ほどで、業務効率化と開発期間の短縮という観点で、有効性が実証されました。
設計部門では、「図面検索や確認作業に時間がかかる」「過去図面の活用が不十分である」といった課題が存在していました。CADDiの導入によって、類似図面の活用が可能になっただけでなく、初期段階から先を見据えた設計が可能になったことで、手戻りの削減にも寄与しました。
設計部門においても、現場で類似図面検索の活用を進める中で、ドキュメントデータ活用のニーズが生まれました。これにより、過去の設計変更事例などを参照して設計に設計に織り込むことで、フロントローディングの実効性が格段に高まったのです。
活用部門の観点では、調達部門での成果実感から、設計部門へと段階を踏みました。また、データの観点でも、初期の段階で活用したデータは限定的でした。完璧なデータ基盤を整えることを優先するのではなく、実際に活用する中で、やりたいことを実現するために必要なデータを順次拡充していくというアプローチが功を奏しました。
このように、最初に全てをデザインしようとするのではなく、まずは活用を始め、そこから新たなデータ蓄積の動機を生み出し、さらにデータ活用によって大きな成果につなげていくという好循環は、キャディが重視するダブルループの考えそのものです。
変革は、現場が変わらなければ成果は出ません。現場の「うれしさ」を起点にスタートを切ることの重要性を経営者が理解し、現場のリーダーを立てて後押ししていくことが、「PLM文化の醸成」のような全社変革においては肝要です。
4.PLMを単発のプロジェクトで終わらせず、継続的に進化させる
PLM文化の醸成は、「ジャーニー(旅路)」として捉えるべきだと考えています。なぜなら、PLMは一度完了すれば終わるような取り組みではなく、絶えず進化し続けるものだからです。
このような中長期にわたる全社変革における留意点として、数年が経過するうちにビジネス環境が変化していくことが挙げられます。すると、製品の設計思想や開発プロセスも変わり、それに応じて求められるデータの種類や構造も変化していきます。
こうした変化に向き合い続けるためには、従来のウォーターフォール型の発想では限界があります。完璧な計画の下で全体を構築するという考え方では、変化に遅れ、対応が後手に回ってしまいます。
代わりに必要なのは、まずは実行し、成果をフィードバックしながら次の改善に生かすというアジャイルな姿勢です。キャディがSaaS(Software as a Service)というソフトウェア形態を取っているのも、こうした変化対応力の最大化を図るための選択です。
PLMを“変化し続けるプロセス”と捉えることで、組織は継続的に学び、成長し、変化への対応力を高めることができます。これは、単なる業務システムの導入では得られない、企業の競争力そのものを高める取り組みです。
PLMはゴールではありません。むしろ、常に変化する環境において、企業が自らの在り方を問い続け、最適なプロセスを模索し続けるための「文化」として、根付いていくものなのです。 (連載完)
筆者プロフィール:
八木 雅広(やぎ まさひろ)
キャディ株式会社 エンタープライズ事業本部 カスタマーサクセス本部 本部長
クボタにて産業用ポンプの海外営業を担当し、インドとインドネシア市場において案件の開拓、契約、プロジェクトマネジメントに従事。その後、ボストンコンサルティンググループにて、製造業のお客さまとともに事業戦略の立案や構造改革を推進。モノづくり産業の一員として変革に携わりたいという思いから、2023年よりキャディに参画。
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