曲がり角を迎える欧州半導体法、CHIPS Act 2.0提言で軌道修正は可能か:ポスト政策主導時代を迎える半導体市場(2)(3/3 ページ)
半導体に関する各国の政策や技術開発の動向、そしてそれぞれに絡み合う用途市場の動きを分析しながら、「ポスト政策主導時代」の半導体業界の姿を提示する本連載。第2回は、第1回で取り上げた米国とともに世界の半導体産業をけん引している欧州の施策を紹介する。
4.CHIPS Act 2.0提言に見る日本の半導体産業政策への示唆
ここまで見てきたように、米国CHIPS科学法に対抗すべく策定された欧州半導体法による域内半導体産業に対する政策は、施行から2年弱が経過した現時点で、米国CHIPS科学法と同様にほころびを見せている。そして、業界団体が中心となって政策の改善が提議されている点、さらには設計/開発が再び注目されている点も米国と共通しているように見える。
しかし、設計/開発に再注目することの意味合いは欧州と米国では大きく異なる。米国はもともと設計/開発で圧倒的なシェアを有しており、AI(人工知能)開発と連携しながらその強みを強固にしようとしている。言い換えれば、用途産業や上流の技術で圧倒的なシェアを握り続けることで、仮に製造回帰に苦戦を強いられても、ファウンドリに対して一定の交渉力を保とうとする戦略である。
これに対して欧州は、米国産のEDA(電子設計自動化)ツールやIPなしでは先端半導体の設計/開発を行うことは現状では困難であり、仮に製造回帰で一定の成果を得たとしてもサプライチェーンの上流で米国への依存は継続するだろう。一般的に欧米の関係は友好とされてきたが、第2次トランプ政権における昨今の情勢においては、欧米関係もリスクに満ちている。この前提に立てば、欧州域内における半導体サプライチェーン構築を志向せざるを得ず、Chips Act 2.0における設計/開発を含めたサプライチェーン包括支援という方向転換に表れているのではないだろうか。
では、なぜ既存の欧州半導体法ではこうしたサプライチェーン包括支援の観点を重視せず、製造回帰を全面に打ち出したのか。欧州半導体法が策定された当時の状況を振り返ると、コロナ禍の半導体不足により、域内主力産業である自動車の生産が停止し、主要国では社会問題化した。さらに米中対立によって先端半導体が安全保障の論点として浮上した。欧州は米国に続き、製造を巡る政策資金競争に参戦した。この状況が製造回帰を推進しようとする原動力になったことは明らかである。また、用途産業である自動車産業の影響力も製造回帰重視を後押しした要因の一つであろう。コロナ禍の経験から車載半導体の安定供給に重点を置いた結果、製造回帰が前面に押し出されたのである。
しかし、Fab誘致に注力したところで域内供給量は増加するが、サプライチェーン安全保障としては不十分であったことに、2年弱が経過した今、ようやく気付いたのではないだろうか。もしくは業界の声がようやく政策に反映されるようになったともいえるかもしれない。
これに対して日本は、設計/開発について米国との連携を前提としており、域内で一貫したサプライチェーン構築を志向する欧州とは異なる考え方を持っている。しかし、パワー半導体などで欧州は日本にとっての強力な競合でもある。その点で欧州半導体政策のChips Act 2.0で示された方向転換の可能性は、日本の半導体産業の次なるフェーズを考える上で大いに参考になる。また、Chips Act 2.0で示された方向転換は、日本の半導体産業企業、特に装置や部素材のサプライヤーにとって新たな市場拡大の兆しと受け取れる。米国トランプ政権の関税や対中規制の動向が不透明な状況では、市場拡大に向けた明るい材料ともなり得るだろう。
次回は、チップレットの登場によって重要性が高まる後工程を中心に、東南アジアやインドの半導体産業誘致政策を取り上げる。(次回に続く)
筆者プロフィール
祝出 洋輔(いわいで ようすけ) PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence シニアマネージャー
証券会社/投資評価会社における個別株/ファンドアナリスト、監査系コンサルティングファームにおけるリサーチアナリスト/コンサルタントを経て現職。一貫して、半導体産業を含む機械/電機/製造設備などの資本財セクターを担当。
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