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DXで成功する中小製造業の条件とは?――町工場に“就職”して見えたポイントこれからの中小製造業DXの話をしよう(7)(2/3 ページ)

本連載では、筆者が参加したIoTを活用した大田区の中小製造業支援プロジェクトの成果を基に、小規模な製造業が今後取り組むべきデジタル化の方向性や事例を解説してきました。最終回となる今回は、実際に現場で働きながらシステムをつくった開発者の視点から、中小製造業のDX成功に必要な条件をまとめます。

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(3)町工場とITの“すれ違い”を超える方法

 「これ使いづらいな」──導入したシステムが現場に馴染まず、定着しないということは中小製造業ではよくあることです。高機能であることが、必ずしも「現場にとって良いこと」とは限りません。こうした町工場とITのすれ違いの状況をどのように乗り越えればよいのでしょうか。

 市販されている販売/生産管理システムは「高機能」「多機能」である場合が多いです。しかし、その多くは少し規模の大きい中小企業を前提に設計されており、町工場にとっては「使い切れない」「導入/運用コストが高すぎる」という声が後を絶ちません。サーバ更新だけでも数百万円かかるケースがほとんどで、使うまでには機能追加やカスタマイズが必要になり、これらの保守費も発生します。

 これだけの費用がかかることから「これは本当に自分たちのためのツールなのか」と疑問を抱く中小製造業の社長は少なくありません。中小製造業にとって本当に必要なのは「自社の業務にフィットし、現場で無理なく使える」システムです。機能面、価格面でそのギャップを埋める必要があります。

Fit to Standardか、それともカスタマイズか

 こうした現場のニーズに対し、ドラムロール社では、そのギャップを埋めるための基本的な考えとして、業務をシステムに合わせる「Fit to Standard」を推奨しているといいます。これは、業務フローをシステムに寄せることで、カスタマイズを最小限に抑えるという手法です。この方法の最大のメリットは、導入コストと期間を抑えられる点にあります。システム側に合わせて業務を調整すれば、開発や保守にかかる工数が減り、結果として低コストで短期間での導入が可能になります。また、標準機能を活用することで、不具合の発生リスクを抑えた安定運用が実現でき、保守費用の低減にもつながります。

 さらに、Fit to Standardには「他社の成功事例を自社に取り入れやすい」という利点もあります。多くの企業のベストプラクティスが反映された標準機能は、自社の業務にも応用しやすく、業界全体のノウハウを取り込むきっかけになります。

 とはいえ、町工場の現場は一社一様です。「加工内容が毎回異なる」「帳票の書式が独特」「登録項目が会社ごとに異なる」など、標準仕様だけでは対応しきれない課題も少なくありません。

 ドラムロール社は現場で実際に働きましたので、そういう事情は当然把握しています。そのため、「標準に合わせることを基本としながらも、最低限の拡張性を持たせる」というバランス型の製品設計を取りました。例えば、品目マスターでは共通の基本項目だけを用意し、それ以外は「メモ欄」や「カスタムフィールド」として自由に追加できる仕組みにしています。これにより、画面はシンプルなまま、現場の個別ニーズにも柔軟に対応できるようにしました。

 こうすることで「現場に合わせた柔軟性」と「費用対効果」の両立を実現しました。ドラムロール社のこの設計思想は「現場が明日から使える」ことを何よりも重視するスタンスから生まれています。中小製造業にとって、過剰な機能ではなく、ちょうどよい仕組みこそが「使い続けられるDX」の第一歩になるのです。

(4)「現場で本当に使える」をカタチに

開発のスタートは“全部入り”ではなく“MVP”

 中小製造業のDXを推進する中で失敗するケースの1つに、壮大な理想的な仕組みをいきなり全てシステム化しようとすることです。そうすると、立ち上げまでに時間がかかり、状況の変化によって稼働する頃には陳腐化し使われないものになってしまうという悪いサイクルに陥ります。

 こうした状況を踏まえドラムロール社のシステムは「まずはこれだけ。あとは必要になったときに足せばいい」というシンプルな考えを取っています。全機能をそろえた「大作」より、現場の声を聞きながら「必要最小限」を共に作ることが重要です。

 実際に、ドラムロール社が最初にリリースしたのは「これさえあれば現場が動く」という必要最小限の機能だけを備えた「MVP(Minimum Viable Product、最小限の実行可能なプロダクト)」でした。販売や生産管理の基本機能に絞って、まずは現場で実際に使ってもらうことを優先しました。そこから、現場の声を反映し改善を重ねていきました。まさに“一緒に育てるシステム”という開発スタイルです。

 このように中小製造業のDXでは、小さい投資で小さくてもよいのですぐに成果を出せる形を示しながら、徐々にスケールアップするという仕組みが求められているといえるでしょう。

PoC(実証実験)で、現場とともに「育てる」

 この「徐々にスケールアップする」という視点に立つと「設計して、完成させて、納品して終わり」という姿勢だけでは中小製造業のDX推進はうまくいかないということが分かります。

 ドラムロール社では、顧客の声を参考にPoC(Proof of Concept、概念実証)を繰り返すことで「これは本当に現場で使えるのか」「入力の負担が増えていないか」「作業の流れに自然になじんでいるか」といった視点で機能や画面構成を調整し続けています。そのため、ドラムロールには「正式リリース後も日々アップデートが続く」ことを前提とした機能が組み込まれています。クラウド型だからこそ、常に最新版が提供され、使いながらどんどん良くしていけます。こうした仕組みを取り入れることが、多くの現場で評価されている理由です。

UI/UXは「現場の“当たり前”から逆算する」

 さらに、中小製造業で特に重要になるのがUI(ユーザーインタフェース)です。「入力が面倒だと使われない」「画面が複雑だと見るだけで疲れる」――など、中小製造業ではインタフェースが理由でシステムが使われなくなるようなケースもよく見られます。

 ドラムロール社ではこの点に気付き、シンプルなUIとスムーズなUX(使い心地)に徹底してこだわっているといいます。

 例えば、工夫したのが製品マスターの登録画面です。ある町工場では「膜厚」「表面処理」「材質」といった属性を詳細に記録したいニーズがありました。しかし、それらを全て「標準項目」として画面に並べてしまうと、他の工場にとっては「不要な情報の山」になってしまいます。そこで、ドラムロールでは「共通で必要な項目」だけを標準搭載し、それ以外は「メモ欄」や「カスタムフィールド」として柔軟に追加できる仕様としました。これにより、使う人が迷わず、必要な情報は残せるという絶妙なバランスが保たれています。

デバイス選定も「現場ファースト」が重要

 この「現場の今に合わせる」という姿勢はデバイス選定でも重要です。ドラムロール社ではドラムロールの設計段階で「入力に使うデバイスは何が最適か」という点に突き当たりました。

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使い慣れたスマホを現場でも利用可能に 提供:ドラムロール社

 そこで、ドラムロール社のメンバーが実際に製造現場で働いたとき、高齢の作業者であってもお昼休みにスマートフォン端末を使っている姿を多く目にしたことを思い出したといいます。一方でPCやハンディ端末には抵抗感があるという話も聞いたことで「スマホファーストのUIにしよう」と方向性を定めました。実績入力など日常的に行う作業も、スマートフォン端末で簡単に操作できるようにしました。

 これにより、製造現場における生産実績報告時の「デバイス操作への抵抗感」も大きく下げることができました。中小製造業のDXを進めるためには、まず現場の人が進んで使ってもらえるようにすることが何より重要です。そのため、現場の人達が「慣れているもの」で操作できる安心感は、システム定着の大きなポイントとなっています。

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