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DXで成功する中小製造業の条件とは?――町工場に“就職”して見えたポイントこれからの中小製造業DXの話をしよう(7)(1/3 ページ)

本連載では、筆者が参加したIoTを活用した大田区の中小製造業支援プロジェクトの成果を基に、小規模な製造業が今後取り組むべきデジタル化の方向性や事例を解説してきました。最終回となる今回は、実際に現場で働きながらシステムをつくった開発者の視点から、中小製造業のDX成功に必要な条件をまとめます。

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 大田区における中小製造支援プロジェクトでの取り組みを基に、小規模製造業の今後進む道について解説してきた本連載ですが、今回で最終回となります。

 今回は、大田区中小製造業に深く入り込みながら、販売/生産管理システムを共創開発したスタートアップ企業「DrumRole(ドラムロール社)」の取り組みを通じて、実際に現場で働きながらシステムを作った開発者の視点から、中小製造業のDX(デジタルトランスフォーメーション)成功に必要な条件をまとめます。

≫連載「これからの中小製造業DXの話をしよう」のバックナンバー

(1)なぜ町工場の中で一緒に汗をかくスタートアップが生まれたのか

 ドラムロール社は、町工場に必要なものだけを組み込んだクラウド型販売/生産管理システム「DrumRole(ドラムロール)」を実際に町工場に入り込んで共創して作り上げ、現在はそのシステム展開を行っている2022年創業のスタートアップ企業です。

※)企業としての取り組みは「ドラムロール社」、システムについては「ドラムロール」で表記

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ドラムロール社 代表取締役COOの牛尾夢海氏 出所:ドラムロール社

 ドラムロール社は創業当初は推し活支援やカーボンオフセットなど複数のビジネスアイデアを試行していました。しかし、共同創業者である代表取締役CEO 松本隆太郎氏の実家が町工場でその体験などから、「ここにはまだ大きな余地がある」と直感し、町工場向けのシステムに踏み込むことを決めたといいます。

 既存の販売/生産管理システムは高機能ですが高価格なものが多く、導入や運用の負担も大きく「町工場では使いこなせない」という声を多く聞きました。そこでドラムロール社で町工場でも使用できる販売/生産管理システムを開発することを決めました。コンセプトは「現場が明日から使える、安価でシンプルなクラウド型システム」です。必要最小限の機能だけを実装し、導入ハードルを徹底的に下げることを目指しました。

 しかし、ヒアリングだけでは真の現場の課題はつかめません。そこで、ドラムロール社 共同創業者である代表取締役COOの牛尾夢海氏は、50社以上のヒアリングを行った後、町工場に“現場就職”するという異例の行動に出ました。

 実際に就職したのは極東精機製作所です。そこで牛尾氏は半年間、作業員として工程管理や紙の不良報告、帳票処理の実態を肌で感じました。その経験がドラムロールの設計思想に深く反映されています。「これは、町工場とともに未来を作るための共創の第一歩でした」と牛尾氏は語ります。

(2)現場に飛び込んだからこそ見えたリアルな課題

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極東精機製作所に就職した際の牛尾氏 出所:ドラムロール社

 牛尾氏が現場に入りまず驚かされたのが、現場の技術力だといいます。「髪の毛1本分以下の精度で加工をするような高度なことが現場では当たり前のように行われています。DXが進んでいないからといって現場の技術力が低いわけではなく、熟練工の経験と知識に裏打ちされた高品質なモノづくりが実現されています」と牛尾氏は語ります。

 一方で、その技術が属人化し、組織知として残りにくいという課題も明らかになりました。「不良が出たとき、どんな対応をしたのか、どの工程で注意が必要だったのかといった重要な情報が、個人の記憶にとどまったままになり、次に生かされにくいと感じました。このような積み重ねが、再発防止や効率化を阻んでいる現実も見えてきました」と牛尾氏は述べる。

 現場で紙文化が強く根付いていることに対し牛尾氏は「なぜ、紙の報告書にイラストを描いて、不良を伝えるのですか」と恐る恐る聞いてみたりもしたようです。多くの中小製造業では、不良の報告は紙に手書きイラストで描き、それを書類として保管するところで対応が完了とされてしまいます。牛尾氏がかつて在籍していた大企業では、不良原因や再発防止策をデータベース化し、PDCAをしっかり回していたため、その対応は驚きだったといいます。しかも、多くの現場では、せっかく記録した不良報告書も、保管されたままで“一度も見返されない”ことが当たり前となっていました。

 牛尾氏は「情報は残っていても、それを生かす仕組みがありませんでした。これは“もったいない”というだけでなく、“改善が進まない仕組み”が常態化してしまっているということも示しています」と課題感を明らかにします。

デジタル化に立ちはだかる“現場の本音”

 では、なぜこうした状況が変わらないのでしょうか――。実際にドラムロール社のメンバーが訪問する中で聞いたよくある3つの声を紹介します。

  • 「システムを入れると、作業者がPC入力しなきゃいけないでしょ? それが負担になるんだよ」
  • 「IT担当者を置けないから、トラブルがあったときの対応が不安なんです」
  • 「導入しても使いこなせる気がしない」

 特に高齢の社員が多い会社では、タブレットやPC、ハンディターミナルへの抵抗感があるケースがいまだに少なくありません。「手書きの方が安心」といった心理的ハードルも根深く存在しています。さらに、現場の最優先事項は「納期を守ること」「品質を落とさないこと」です。デジタル化はあくまで手段ですが、導入によって一時的でも混乱が生じるリスクを考えると、どうしても後回しになってしまう現実があります。

社長と現場の“人間力”がDXを左右する

 もうひとつ見えてきたのが「社長の影響力の大きさ」です。ドラムロール社が支援した企業の中には、現場の中核メンバーが「自分が率先してやる」と旗を振ったことで、短期間でシステムが定着した例もあるにはありますが、一般的に社長がデジタル化に消極的だったり、現場任せだったりすると、導入は思うように進みません。社長が現場に任せきりで意思統一が図れなかったある工場では、「使う/使わない」の議論が続き、なかなか進まないという状況が見られました。

 一方で社長がやる気を見せると一気に進みます。ある町工場では、社長が「これはうちの競争力を高めるために必要なんだ」と明確な意思を示し、現場と二人三脚で導入を進めた結果、スムーズにシステムが浸透しました。

 つまり、システムの導入を成功させるためには、「ツールの優秀さ」よりも、「人の力」が重要です。特に、経営者と現場スタッフの信頼関係と意思の共有がカギになるのです。さらに大きく語ると、組織に根付いた「文化の壁」がそれこそデジタル化の壁になります。

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