リアルタイムOSを取り巻く環境はこの5年で激変、今後も重要性は増していく:リアルタイムOS列伝(60)(2/3 ページ)
IoT(モノのインターネット)市場が拡大する中で、エッジ側の機器制御で重要な役割を果たすことが期待されているリアルタイムOS(RTOS)について解説する本連載。最終回となる第60回は、連載を展開してきた5年間のRTOSの動向をまとめる。
めきめきと勢力を広げる「Zephyr」
ではもうちょっと本格的なRTOSは? というと、最近めきめきと勢力を広げているのがZephyrである。
一般的な組み込み向けのみならず車載向けでも広く利用されており、最近ではIAR SystemsがZephyr Projectへの参画を発表している。今では、同社の統合開発環境であるIAR Embedded Workbenchから一発でZephyr向けのコードを生成できるようになっている。
他にも、Wind River SystemsやPercepio、Seggerなどの開発ツールベンダーが相次いでZephyrの対応製品をリリースしており、CI/CD(Continuous Integration/Continuous Delivery:継続的インティグレーション/継続的デリバリー)環境の構築を含めて自動車向けシステムの開発が十分可能なレベルにエコシステムが充実してきている。そうした自動車向けでは欠かせない機能安全に関しても、Zephyr Safety Working Groupの活動で充実が図られている。
面白いのは、Zephyr Safety Working Groupでは一般産業機器向け機能安全規格であるIEC 61508をまずターゲットとし、次いでこれをベースに自動車向けのISO 26262や、農機向けのISO 25119、土工機械向けのISO 15998、鉄道システム向けのEN 5012x、そして工場機器向けのIEC 61496-1やIEC 61131-6、その他にも医療/エネルギー/ビルディング/家庭向けの機能安全対応を実現するというアプローチになっている。ターゲットも、ARM/ARM64/RISC-V/x86以外に、MIPS/SPARC/Synopsys ARCなど幅広いものに対応しており、新しくプロジェクトを開始するのであればまず困らないだろう。
「QNX」は大胆な戦略転換を実施
このZephyrの勢力にやや押されているのが「QNX」である。
QNXは早い時期から機能安全規格に対応していたが、これが自動車向けで高い評価を受けで広く採用された後、医療や航空宇宙など機能安全が必要とされる分野向けにも採用が広がっていった。昨今では多くの商用RTOSが当然のように機能安全対応を打ち出している(FreeRTOSですら、機能安全規格を取得したSafeRTOSという派生型がWITTENSTEIN high integrity systemsから提供されている)となると、アドバンテージはだいぶ薄れてきてしまった。
そのあたりの危機感もあってだろうか? 2025年1月にはあらためて一般組み込み機器市場への再参入を表明したり、非商用利用の無償化と新しいライセンス形態、オープンソースベースのミドルウェアやアプリケーションのQNXへの移植を発表したりと戦略転換を行っている最中である。これまでQNXは評価版すら入手できなかった(いや大昔は可能だったのが、BlackBerryの買収後に一切不可能に切り替わっていた)ことからすると非常にドラスチックに戦略を変えたわけだが、果たしてこれでQNXのシェア低下に歯止めがかかるか、興味のある部分ではある。
ちなみにQNXの特徴の一つがマイクロカーネルの利用だが、Zephyrは当初こそ一部マイクロカーネルだったものを、後にモノリシックカーネルに書き直している。そのZephyrがQNXに代わって勢力を伸ばしているということは、顧客がマイクロカーネルのメリットとデメリットを考えた上でモノリシックカーネルにシフトしたと見ることもできるのは興味深い。
新興勢力の「PX5」は「ThreadX」を飲み込む
新興勢力で言えば「PX5」が、着々と機能および対応機種を増やしつつある。
本連載で紹介した2023年3月は、まだ会社立ち上げ直後という事もあって何も情報がない状態だったが、もうPX5の開発者マニュアルも入手できるし、現時点では53種類(一部はComing Soon扱い)の開発ボードに対応した評価キットをダウンロードできるようになっている。2025年4月にPX5 RTOSおよびPX5 FILE(ファイルシステム用のミドルウェア)が複数の機能安全規格の認証を取得したこともアナウンスされており、今後は本格的に機能安全が必要とされるような用途に売り込みをかけることになると思われる。
ちなみに、ThreadXがEclipse Foundationに寄贈され、これに伴い機能安全規格などのメンテナンスのためにThreadX Interest Groupが発足したことは本連載でも取り上げたが、発足のアナウンスは見つかったものの、その後の動向が不明なままである。これに対してPX5は、RTOSXという子会社を2023年11月に立ち上げ、ここでThreadXの長期サポートなどを提供することを発表している。おそらくは、長期的にThreadXの開発者(とアプリケーション)をPX5に移行させたいというもくろみであるかと思われる。これは自然な流れでもあり、PX5の勢力を増やすのに貢献する可能性がある。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.