EV向けワイヤレス給電の現在地と普及に向けた課題:和田憲一郎の電動化新時代!(57)(3/3 ページ)
2011年の東京モーターショーで多くの自動車メーカーが取り組みを発表したEV向けワイヤレス給電。それから約15年が経過したが、ニュースで取り上げられることはあっても実用化は進んでいない。このEV向けワイヤレス給電の現在地と普及に向けた課題について2人の専門家に聞いた。
なぜ日本ではEV向けワイヤレス給電が進まないのか
和田氏 日本においてEV向けワイヤレス給電が進まない課題は何か。自動車メーカーに起因するものか、充電インフラに起因するものなのか。
横井氏 2011年の東京モーターショーで示された状況が再現されないことは残念である。DWPTの国際標準化の審議には国内自動車メーカー各社およびティア1サプライヤー各社が積極的に関与しており、技術的側面においては既に実装可能な段階に達していると考えられる。しかしながら、導入の進展が見られない要因としては、経営層がSWPT、DWPTの先進的な意義は理解しつつも、当該事業が個社の業績に大きく貢献するとの意思決定を行えていない、あるいはその決断を促す動機が不足している点が挙げられる。
特に、DWPTの実用化には、単なる技術的課題を超えて、電化道路という将来にわたって重要となる社会インフラの整備が不可欠である。このため、国土交通省および経済産業省をはじめと総務省なども含めた関係省庁の理解を深めることが重要ではないだろうか。
和田氏 他のモビリティでワイヤレス給電を採用する動きはあるのか。
横井氏 以下のように幾つか出ている。
- 工場内のAGV:ダイヘン、ダイフク、B&P(昭和飛行機工業から事業譲渡)などが多くの実績を作っている。ただし型式指定ではなく、個々に高周波利用設備の許可を得て納入・稼働している
- 工場内搬送ロボット:2025年初に省令改正され、6.78MHz帯にて最大出力4kWで型式指定を受けることが可能である。電界共鳴方式を採用
- キックスクーターへの充電:豊田通商とパワーウェーブが、周波数13.56MHz帯の電界共鳴方式で50W以下の電力で商用化している。古河電気工業でも工事現場の充電ポートの実証を進めている
和田氏 DWPTは、走行のための放電と充電とでエネルギー収支、つまり帳尻が合っているのかとの声がある。現在、市街地、高速道路などの環境で、どのような点まで解明されているのか。
横井氏 ご質問の点は、1)DWPTの給電効率、2)DWPTの設置効率(電力収支)の2点に関わっている。1)については、先に挙げた国際標準であるPASのIEC 61980-5の中で日本から提案した定義が採用されている。2)については、2025年5月に開催された国際会議「EVTeC2025」の中で、東京大学生産技術研究所の本間先生(同研究所 准教授の本間裕大氏)が、埼玉県川越市を対象に解析した結果、全道路長約150kmの1.6%未満の道路(2359m)にDWPTを敷設するだけで、EVが道路の給電区間から電力を受け取ることにより、市内全体を移動(無限走行)できることを、数理最適化問題として信号パターンや待ち行列の変動反映した詳細な交通シミュレーションを行っている。
堀氏 SWPTは従来のコンダクティブ(接触)充電の代替手段として機能し、大きく世の中を変えるインパクトはない。しかし、DWPTは自動車の給電方式を根本的に変える可能性があり、その影響は極めて大きい。また、DWPTは搭載電池容量を大幅に減らせる可能性もある。日本はEV用のリチウムイオン電池の供給に苦労しているが、搭載電池容量を減らせるのであれば、日本製の燃えないリチウムイオン電池や、スーパーキャパシターなども利用できるようになるのではないか。
なお、DWPTの導入に際しては、これを実施することで誰が利益を得るのかを検討する必要がある。道路インフラの整備に関しては、国土交通省や道路管理事業者が恩恵を受けると考えられる。また、自動車産業においては、当然ながら自動車メーカーが直接的な利益を享受することになる。しかし、DWPTの展開によって、新たな事業領域が生まれ、多くの新規参入企業が市場において利益を得る可能性がある。この技術の実現には、既存の規制枠組みの見直しや緩和が不可欠であり、官民連携の下で中央官庁が主導的な役割を果たし、技術革新を推進することを期待したい。
取材を終えて
筆者の以前の理解では、SWPTの規格化や国際標準化について相当混沌としていたと思われたが、最新状況を聞くとほぼ収束していることに驚いた。一方、日米欧中のどの主要自動車メーカーも、まだSWPTを量産化していない現実がある。
自動車メーカーがSWPTの導入をためらう要因として、ワイヤレス給電の特徴である「充電コードを接続する必要がない」という利点を除いて、明確なメリットが認識されにくい点が挙げられる。この背景には、携帯電話機においても充電コードを使って日常的に充電作業が行われている現実があり、家庭環境ではEVに充電コードを接続する作業自体は必ずしも大きな負担とは捉えられていないことも影響していると思われる。
筆者の私見ではあるが、SWPT技術の価値をより具体的に明確化するためには、自動車メーカーおよびインフラ関連企業が協力し、十数台規模の試作車両と関連機器を準備し、実際に運用を試行することが有益であると考える。この過程において、ワイヤレスV2G(Vehicle to Grid)/V2H(Vehicle to Home)の活用可能性が検討される他、自動運転車との相互作用を探ることも視野に入るだろう。こうした新たな価値に着目することで、SWPTの理解促進および価値創造の機会が生まれてくるように思えてならない。
DWPTについては、確かに大きな社会変革の可能性がある。しかし、その実現にはグランド側や壁面への給電装置の設置が不可欠であり、既存の都市環境における導入には課題が伴う。そのため、利便性の飛躍的向上や生活環境の変革を具体化するために、離島や地方都市においてショーケースとして実証することも一案ではないだろうか。
筆者紹介
和田憲一郎(わだ けんいちろう)
三菱自動車に入社後、2005年に新世代電気自動車の開発担当者に任命され「i-MiEV」の開発に着手。開発プロジェクトが正式発足と同時に、MiEV商品開発プロジェクトのプロジェクトマネージャーに就任。2010年から本社にてEV充電インフラビジネスをけん引。2013年3月に同社を退社して、同年4月に車両の電動化に特化したエレクトリフィケーション コンサルティングを設立。2015年6月には、株式会社日本電動化研究所への法人化を果たしている。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- ≫連載「和田憲一郎の電動化新時代!」バックナンバー
米国非関税障壁に関する指摘とBYD超急速充電システムへのCHAdeMO規格の見解は
中国を除いてEVシフトの伸びが鈍化し、米国の第2次トランプ政権が日本の非課税障壁について圧力を高める中、日本発の急速充電規格である「CHAdeMO」の標準化を進めるCHAdeMO協議会は、今後どのような方針で活動を進めていくのであろうか。日本の自動車産業が直面する深刻な閉塞感、今後に向けてどう考えていくべきか
日本の自動車産業は現在、深刻な閉塞感に直面しているのではないだろうか。最大の課題はEVシフトで遅れていることだが、他にもさまざまな懸案がある。今後どのようなことを考えていくべきかについて筆者の考えを述べてみたい。中国で急成長するEREVはグローバル自動車市場の“本命”になり得るか
EVシフトが著しい中国で急激に販売を伸ばしているのがレンジエクステンダーを搭載するEREV(Extended Range Electric Vehicle)である。なぜ今、BEVが普及する中国の自動車市場でEREVが急成長しているのだろうか。さらには、中国のみならず、グローバル自動車市場の“本命”になり得るのだろうか。2035年まであと10年、来るべきEVシフトにどのように備えるべきか
多くの環境規制が一つの目標に設定している2035年まで、あと10年に迫ってきた。日々の報道では、EVシフトに関してネガティブとポジティブが錯綜し、何がどうなっているのか分かりにくいという声も多い。では、自動車産業に携わる方は、EVシフトに対して、いま何を考え、どのように備えておくべきであろうか。時代の変化に対応できない企業は倒産前に輝くといわれているが
ビジネスの教科書によく出てくる「時代の変化に対応できない企業は倒産する前に一時的に輝く」という現象を思い出す。時代の変化に対応できなかった企業例として、イーストマン・コダックが挙がることが多い。同じことが日系自動車メーカーにも当てはまる恐れはないのだろうか。