安定的で強固な炭素−フッ素結合を水だけで切断する新手法 PFASの分解で期待:研究開発の最前線
名古屋工業大学は、安定的で強固な炭素−フッ素結合を水だけで切断する手法を開発した。触媒や外部試薬を使うことなく、常温常圧下で結合を切断できる。PFASの分解や医薬品、材料分野への応用が期待される。
名古屋工業大学は2025年6月9日、安定的で強固な炭素−フッ素(C-F)結合を水だけで切断する手法を開発したと発表した。触媒や外部試薬を使うことなく、常温常圧下で結合を切断できる。
C-F結合は、強固な結合による化学的安定性から、医薬品や農薬、電子材料などで幅広く利用されている。一方で分解が困難なため、C-F結合の切断には、高温高圧など過酷な条件や高コストの外部エネルギーを要する手段で対応していた。
研究グループは、環境負荷の少ない方法でC-F結合を切断するため、直径約5μmの水の微小な液滴(マイクロドロプレット)に着目。マイクロドロプレットは表面積が大きく、空気と水の界面で通常とは異なる化学反応場を提供する。今回の研究では、有機フッ素化合物を含む水溶液をエレクトロスプレー技術で霧状にし、C-F結合の切断を試みた。
その結果、Csp2-F結合やCsp3-F結合が切断され、フッ化物イオン(F-)の放出とカルボカチオン(C+)中間体の形成を確認した。これらは、水やアルコール、アミンなどの求核剤と反応し、脱フッ素置換体へと変換される。また、スプレー電圧を上げると、表面にプロトン(H+)が集まり、C-F結合の切断が促進されることも分かった。
こうした脱フッ素置換反応は、マイクロドロプレット表面に発生する、一電子還元と超酸性化、強電場が連鎖的に作用している。まず、正電圧を印加したニードル先端(陽極)で水の電解酸化が起こり、発生したH+が正に帯電した液滴の表面へ集まることで、界面が超酸性状態となる。
同じ界面上に水酸化物イオン(OH−)もあり、これが放出した電子がフッ素化芳香族(ArF)に注入され、ラジカルアニオン(ArF・−)が発生してC-F結合を切断する。分離した芳香族ラジカル(Ar・)は正電荷を帯びたプロトンにより電子を奪われ、数百μ秒以内にカルボカチオン(Ar+)へと酸化する。
Ar+は、水滴の表面に滞留したまま水分子やメタノール、アミンなどの求核剤とSN1型で反応し、Ar-OHやAr-OMe、Ar-NR2などの脱フッ素置換体へ変換される。
ガスクロマトグラフ質量分析(GC-MS)により、4−フルオロアニリンから4−アミノフェノールへの変換を解析したところ、収率は約10%で変換されることが分かった。最終的には、1ミリ秒以内の反応時間で最大12%の変換率を達成した。印加電圧を上げると、H+供給と電場強度が相乗的に高まり、C-F結合の切断効率が数十倍に上昇。このことから、電圧は帯電手段だけでなく、界面を超酸性かつ高電場という化学環境とするパラメーターとなることが示唆された。
今後、マイクロドロプレットの生成効率や複数ノズルの連続使用、反応液循環システム構築などにより、収率向上と実用スケールでの応用が期待される。
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