万博、そして世界へ届け――奈良発「疲れしらずのくつした」に込められた思い:ワクワクを原動力に! ものづくりなヒト探訪記(24)(4/4 ページ)
本連載では、新しい領域にチャレンジする中小製造業の“いま”を紹介していきます。今回は、自社開発の靴下が「大阪・関西万博」の会場スタッフ用ユニフォームに採用された、西垣靴下の代表取締役社長である西垣和俊さんにお話を伺いました。
「奈良の靴下」を世界へ 万博を通じた技術発信の意義
ものづくり新聞 靴下に特許が3つも使われているなんて、すごいですね。しかも、この万博の靴下は寄付されたものなんですよね?
西垣さん はい、そうです。寄付については公募があったんですよ。奈良の靴下、そして日本の技術をもっと多くの人に知ってもらいたいと思って応募しました。
機能性の靴下をしっかり理解していただくために、うちの製品の中でも最も機能性が高くて、一番多くの方に喜ばれているものを選んで提供しました。
ものづくり新聞 それにしても、1万足もの靴下となると、かなりの金額になるのではないですか?
西垣さん そうですね。最低でも1700万円くらいにはなります。でも、そこは金額の問題ではないんです。私は、日本の良いもの、そして奈良の良いものを世界に広めたいと思っているんですよ。
奈良の高機能な靴下の技術は、誰にもまねできません。今回、国にも認めていただいたこの高機能な靴下を、万博の会場案内係の人たちが履くわけですが、彼らは1日中立ち仕事ですよね。
この靴下は、土踏まずの部分をふわっと持ち上げるような構造になっていて、そんな靴下って実はあまりないんです。だから、履いた瞬間に「ん? 何だこれ?」と、皆さんが驚かれると思います。1日履いていただければ、その効果は確実に実感できるはずです。疲れ具合がまるで違いますから、スタッフの皆さんにもきっと喜んでいただけると思っています。
そうなれば、「日本の技術ってすごいね」「奈良の靴下ってすごいね」って思ってもらえるんじゃないでしょうか。これはもう、うちだけの話ではなくて、奈良全体の靴下産業の評価にもつながります。だからこそ、産地を代表するつもりでこの取り組みに臨んだのです。
ものづくり新聞 この靴下は、一般の方でも購入できるのでしょうか?
西垣さん 今回、万博向けに提供した同じ靴下は購入できないのですが、同じような機能を備えた靴下を一般の方向けに準備しています。それが、こちらの赤と青の靴下です(以下、写真)。万博カラーになっていますが、これは許認可を取って製造したものなんですよ。やはり、大阪・関西万博という特別な機会に、一般の皆さんにも機能性靴下の良さを知ってもらいたいですからね。
ものづくり新聞 靴下にかける熱い思いを聞かせていただき、ありがとうございました。お話を伺えば伺うほど、実際に履いてみたくなりました。
西垣さん 靴下って、靴を履くときに違和感があるから仕方なく履いている、という人がすごく多いんですよ。それに、寒いからという理由で“下着的な存在”として履いている方もいらっしゃいます。でも、そうした用途の靴下では、海外製品にはなかなか太刀打ちできません。
今では、下着を含めた繊維製品全体のうち、約99%が海外製になっています。でも、靴下はまだ約10%が国内で生産されていて、そのうちの6割が奈良県で作られているんです。奈良は、靴下の生産量が日本一なんですよ。
靴下はファッションの要素もありますが、それだけではありません。「疲れしらずのくつした」のように、機能を補うという大切な役割もあるんです。ただ、その“機能”という部分を、意識されている方はまだ少ないと思います。
私は、靴下というのは、履いていて快適であることが何よりも大事だと考えています。機能性のある靴下を一度履いていただければ、今までとの違いをはっきりと感じていただけると思いますよ。
あとがき
西垣靴下の社長室に案内されて、まず驚かされたのは、所狭しと飾られた賞状やトロフィーの数々でした。西垣靴下は、1953年の創業以来、72年にわたって(取材時点)、機能性の靴下に特化したオリジナル製品の開発を続けてこられたそうです。その歩みの一つ一つが、目の前の表彰や認定の形となって現れているのだと感じました。
履き心地を追求する中で、数々の新しい技術が生まれ、これまでに特許9件、意匠21件、商標28件を取得されているとのことです(いずれも取材時点)。靴下の快適性を細部まで突き詰めていくモノづくりの姿勢には、心から敬意を抱かずにはいられません。
大阪・関西万博が、日本の製造業の素晴らしい技術を世界に発信する機会になることを心から願っています。(ものづくり新聞 小柴寿美子)
著者紹介
ものづくり新聞
Webサイト:https://makingthingsnews.com/
note:https://note.com/monojirei
「あらゆる人がものづくりを通して好奇心と喜びでワクワクし続ける社会の実現」をビジョンに活動するウェブメディアです。
2025年現在、180本以上のインタビュー記事を公開。伝統工芸、地場産業の取り組み、町工場の製品開発ストーリー、産業観光イベント、ものづくりと日本の歴史コラムといった独自の切り口で、ものづくりに関わる人と取り組みを発信しています。
編集長
伊藤宗寿
製造業向けコンサルティング(DX改革、IT化、PLM/PDM導入支援、経営支援)のかたわら、日本と世界の製造業を盛り上げるためにものづくり新聞を立ち上げた。クラフトビール好き。
記者
中野涼奈
新卒で金型メーカーに入社し、金属部品の磨き工程と測定工程を担当。2020年からものづくり新聞記者として活動。
木戸一幸
フリーライターとして25年活動し、150冊以上の書籍に携わる。2022年よりものづくり新聞の記事校正を担当。専門はゲーム文化/サブカルチャーであるが、かつては劇団の脚本を担当するなど、ジャンルにとらわれない書き手を目指している。
小柴寿美子
ナレーター。企業PV・Web-CMなど2000本以上。元NHKキャスター・リポーターとして番組制作をしていた経験を生かし、2024年9月からものづくり新聞へ参入。粘り強い取材力が強み。
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