船舶脱炭素の現実解に「今度こそ帆走がクルー!」とヨット乗りのCEOは考える:船も「CASE」(3/3 ページ)
OCEANWINGSのCEOを務めるEmmanuel SCHALIT氏が来日し、同社が開発した風力補助推進装置の技術的特徴と、日本市場における展開戦略について紹介した。
次は日本で“レトロフィット”
OCEANWINGSは、製品のラインアップとしてリジッド(硬式)タイプと縮帆可能なフレキシブルタイプのウイングセールを用意している。リジットタイプは、ウインドタービンと同じ素材で装置の高さは33m、幅は11m。設置形式は、固定式、折りたたみ式(チルト式)、昇降式(エレベーター式)の3種類から選べる。チルト式やエレベーター式は、港のクレーンの干渉を避ける必要がある場合や、海峡橋などエアドラフトに制限がある航路に適している。
いずれの形式にしても構造はモジュール式で、主要部品は40フィートコンテナに収まり、船上あるいは岸壁で組み立て可能だ。

OCEANWINGSのウイングセールは、リジッド(固定)型と昇降可能型の2種を展開する。リジッド型は、固定式、チルト式、エレベーター式の3種の設置方式に対応しており、多様な船型や運航条件に柔軟に適合できる[クリックで拡大] 出所:OCEANWINGS
OCEANWINGSでは、フランスにある自社工場でアクチュエーターや電装系を組み立て、中国のウインドタービンサプライヤーと提携してブレードを製造している。ブレードは1日1枚のペースで生産できる体制が整っており、ウイングセール全体としては年間40基の生産能力を持つ。2025年には年産100基体制へと拡張する予定だ。
次回の納入先は日本の常石造船で、2025年末にかけてスプラマックス型(スープラマックスまたはハンディマックス。全長約190m、耐貨重量トン5万8000トン程度)のバルクキャリアにレトロフィットで導入する予定だ。導入予定のタイプはリジッドチルト式で、気象条件による運航制限はなく、港での荷役作業に配慮した可動性を備える。
OCEANWINGSの特長として、SCHALIT氏は「軽量、高剛性」「構造のシンプルさ」「自動化による運用の容易さ」を挙げている。従来型の風力補助推進装置であるローターやサクションリングに比べ、前方からの風に対する推進力が強く、また、設計段階から船主や船級協会と協議を重ねて、安定性や復元性も十分に検討されている。
加えて、軽量な構成部材を採用することで重心位置が低く、復元性や設置後の船体バランスにも影響が少ない。OCEANWINGSの構成部品点数は少なく、必要なメンテナンスも限定的で、耐用年数は25年以上を見込むという。さらに、100ノット相当の強風にも耐える構造設計となっており、過負荷時にはフェザリングモードへ自動的に移行して“風を逃がす”ことで関連艤装(ぎそう)を保護する機能も備えている。
装置の操作は自動化しており、Canopeeでは大西洋航行中、港を出てから到着するまで約10日間、乗員が一切操作することなく自律操帆で運用できた。OCEANWINGSでは自律操帆に対応したスマートソフトウェアも提供しており、新造船とレトロフィットの性能差(約5〜10%)を最小限に抑える工夫も施されている。
政治が激動でも環境は関係なく変わっていく
SCHALIT氏は、「“米国やフランスで政権が変わったとしても”気候変動の進行自体は変わらず、国際的な脱炭素政策の流れは不可逆的」と主張する。実際、EUではEU-ETSやFUEL Maritime規制が既に発効しており、IMOも同様の罰則付き規制の導入に向けた議論を進めている。これらは地域的な枠組みにとどまらず、将来的に国際海事規制の基準となる可能性がある。
「今日建造した船は2050年にも就航している。船主の立場からすると、今何が起こるのか、来週何が起きるのかではなく、長期的な視点を持つことが求められている」(SCHALIT氏)
OCEANWINGSは、こうした長期的視点を持つ船主からの導入相談が増えているとし、欧州では既にフリート単位での適用が進み、日本市場でもレトロフィットからの導入が始まっている。
その意味で、OCEANWINGSが提供する風力補助推進装置は、国際規制の順守、燃料費の抑制、運航コスト全体の合理化といった観点から、海運業界において導入を検討すべき現実的な技術選択の一つといえるだろう。
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