船舶脱炭素の現実解に「今度こそ帆走がクルー!」とヨット乗りのCEOは考える:船も「CASE」(2/3 ページ)
OCEANWINGSのCEOを務めるEmmanuel SCHALIT氏が来日し、同社が開発した風力補助推進装置の技術的特徴と、日本市場における展開戦略について紹介した。
厳しい環境規制で帆走航海が再評価
SCHALIT氏は、風力推進が“海運業界における何度かの挫折”を経て今なお注目されている背景を次のように説明した。
「風力補助推進装置の導入が遅れた場合、今後10年間に地球全体で100億トンのCO2が追加で排出されることになる。それは私たちがこの地球に住み続けられるかどうかの分岐点になり得る」(SCHALIT氏)
その上でSCHALIT氏は、風は無料かつ再生可能な上に、風力で発電したエネルギーを使ってクリーン燃料を生成、輸送、消費する方法と比較すると、風力を推進力に“直接”変換する方法はエネルギー効率が圧倒的に高いという。SCHALIT氏によると、風力で1トンのCO2を削減するのに必要なコストは、太陽光やウインドタービンと比べて圧倒的に低く、現時点で約35米ドル。今後さらに低下が見込まれているという。
加えて、2024年初頭までは罰金のない規制状況や業界におけるクリーン燃料への期待などが風力導入の足かせになっていたが、2024年からEUでEU-ETS(EU域内での排出権取引制度)が海運にも適用され、2025年からは寄港地ごとに罰金が科されるFUEL Maritime規制も施行された。さらにIMOも、欧州の制度に合わせた罰金導入を議論中であるなど、規制状況はこの1年間で急速に厳格化しており、従来のLSFO(低硫黄重油)といった安価な燃料を使った場合でも排出課徴金の負担が重く、結果的にトータルの運航コストは、クリーン燃料と大差がなくなる構図が見えてきたという。

2024年以降、EUの排出権取引制度やFUEL Maritime規制により海運業界でも排出に対する罰金が発生する。そのため安価な化石燃料を使用しても運航コストは上昇していく[クリックで拡大] 出所:OCEANWINGS
また、メタノール、アンモニア、水素といった代替燃料は供給面でもコスト面でも依然として課題が多く、欧州やアジアの主要船主からは「当面は使えない」という声が多くなっていることも帆装技術の関心が高まる一因とSCHALIT氏は述べている。
帆装が復活できる理由は“逆風の卓越”
SCHALIT氏は、OCEANWINGSが開発したウイングセールの有効度を実船の運航実績に基づいて具体的に説明した。
ウイングセールを導入した船舶が商業航海で求められる平均14ノットで航行する場合、最も大きな推進力を得られるのは、“見かけの方位”前方5度から75度の範囲で吹く風だった(ここでいう「見かけの方位」とは帆走特有のもので、航行する船が自身の進行方向に対して感じる風向きのこと。実際の風と船の進行速度の合成により定まる。船が動くことで生じる相対風を含んだ風向を意味する)。この風向は、実際の航行中に受ける風の約85%を占める。
「この条件下において、OCEANWINGSのウイングセールはこれまで登場した風力推進装置と比べて高い効率で推進力を生み出す」(SCHALIT氏)

OCEANWINGSは“見かけ風”5〜75度で効率が高くなる。主要な商用航路の85%でこの風が利用できるので帆走の効果は“陸の人”が思っている以上に大きい[クリックで拡大] 出所:OCEANWINGS
Canopeeの航海実績では、北大西洋の14往復において平均35%の燃料消費削減を記録している。これは1日当たり燃料5.2トン、CO2排出量で20トンに相当する。SCHALIT氏はより大型のパナマックス級(パナマ運河を通過できる全幅33.5m、全長294.1m、喫水12.0mサイズの船型)を想定した試算も示し、全長260mで載貨重量4500トンの船舶に8基のOCEANWINGSを搭載した場合、CO2排出を20%削減できるとした。

「Canopee」の14回に及ぶ北太平洋横断航海において燃料消費量は従来航海の35%削減できた。1日当たりでは燃料消費で5.2トンの減少、CO2排出量は20トンの削減になる[クリックで拡大] 出所:OCEANWINGS
なお、OCEANWINGSの装置は、日本船級協会(ClassNK)をはじめ、DNV、ビューローベリタス、ABSなど複数の主要な船級協会から承認を得ている。同社の地元国フランスでは大統領のエマニュエル・マクロン氏が革新的な技術として視察した例を紹介している。
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