中堅製造業のERP導入で学ぶ DXを妨げるブラックボックス化を解消するアプローチ:製造業ERP導入の道しるべ(3)(2/2 ページ)
SAPのERPを例に、ERPの導入効果や業務効率化のアプローチなどを紹介する連載「製造業ERP導入の道しるべ」。第3回は、10年以上前に導入した基幹システムから「SAP S/4HANA」へ移行した中堅製造業の事例を紹介する。どのようにしてブラックボックス状態を解消し、本番運用につなげていったのか――。
ベストエフォートでの対応に合意を形成
実際には、なかなかこうした合意形成を図ることは難しいと思われるが、今回はなぜそれが可能だったのか。
当初、システムのブラックボックス化によって業務フローや業務シナリオが存在しなかったが、プロジェクトメンバーが、テストフローやテストシナリオを整理することで業務を見える化し、プロジェクトの各フェーズで共有し、チェックしてもらいながら、共通認識を図った。
最終的に、ユーザーによる受け入れテストもそのシナリオをベースに行ったことから、テスト対象となっているシナリオや機能について、プロジェクト側と現場ユーザー側の理解が一致した状態で、本番稼働を迎えることができた。
また、本番稼働後もブラックボックス解消期間となるため、機能実行状況を監視し、テスト対象外の機能を検知して、必要に応じて機能検証や改修を行い、ユーザー側のフォローを進める計画とした。
これらの取り組みにより、本稼働後もある程度のリスクに備えられると判断してもらえたと感じている。実態としては、週に数件ほどテスト対象外の機能を検知したものの、ユーザー側をフォローしながら、本番運用を行うことで混乱は発生せず、ブラックボックスの解消を進めることができた。
このように、テスト工程を通じてシナリオを組み上げていったこと、テスト工程では100%にならない部分があり、本番運用の初期稼働期間もシナリオ精緻化の期間とする方針としたことが、最終的にシステムのブラックボックス状態の解消と、複雑化したシステム機能群のシンプル化につながっている。
これにより、旧システムではメニューにぶら下がっていても使わないような標準機能が約150あったが、SAP S/4HANAではそれらを全て削除した。もともと500本近くあったアドオン改修対象機能も3分の1ほどに削減し、100本以上あった周辺システムとのインタフェーステストシナリオも3分の1に絞ることができた。
業務シナリオが整理されることで、そのシナリオを実行するために必要な標準機能やアドオン機能、周辺システムとのインタフェース機能が明確になった。
また、各シナリオについて、実際にどの部門の、どのユーザーが、どういう機能を使っているのかも明確になり、今後さまざまな周辺システムや機能を拡張する際に、どの部門とコミュニケーションを取ればよいか、トレーニングはどの程度の規模感で必要になるかなど、検討を進めるために必要な情報が非常に分かりやすくなった。
今回のプロジェクトで採用したのは、SAPが「ブラウンフィールド」と呼んでいる旧システムからSAP S/4HANAへのマイグレーションアプローチである。業務の改革や効率化など、短期的な投資対効果の定義が難しい中でも、ステークホルダーに対する事前の合意形成と、プロジェクトの進行に応じたコミュニケーションにより、プロジェクトの目的に対する一貫した協力体制を築けたことが、プロジェクト成功の重要な要素になったと感じている。
ERPシステムは常に進化しており、導入アプローチも多様化、複雑化している。プロジェクトの目的を正しく理解し、目的達成に向けて、自分事として課題に向き合い、取り組んでいくことが構築を請け負うベンダーには求められている。
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NTTデータ グローバルソリューションズ
第二事業本部 ゼネラルビジネス事業部 第三統括部 統括部長
岡 徹一
2001年、新卒よりSAPプロジェクトに従事し、PM、PMOなどのリーダー的立場で、商社/卸、製造業のお客さまに対して当社「GBMT(R)テンプレート」を活用したシステム構築を多数担当。現在は、当社「i-KOU!(R)」サービスを活用したSAP S/4HANA移行プロジェクト、SAP Cloudソリューションを活用したプロジェクトを中心に取り組んでいる。
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