これじゃもうからない! 中小製造業の「どんぶり経営」脱却に必要なITシステム:中小製造業の生産性向上に効く! ERP活用の最前線(1)(2/2 ページ)
中小製造業向けに「経営の見える化による利益率改善」の打ち手を解説する本連載。なぜ中小企業の生産性は低いままなのか。筆者らは全国の企業を訪ねて経営者と議論を重ね、その問題点を検討しました。中小企業に最適な「相乗り型ERP」がいかにして経営者を助け、地方を元気にするか。その実践方法から成功事例まで幅広く解説します。
なぜもうからない? 全国行脚で中小と問題点を議論して得た結論
筆者らは全国の中小企業を行脚して経営者の方々と生産性向上について議論や意見交換を重ねてきました。
経営者の多くは従業員の確保が年々難しくなっていると嘆きます。「将来的な事業承継はおろか、現在の経営の維持さえも厳しい」「従業員が退職や離職をしても新たな人材の補充がままならず、危機的状況だ」と切羽詰まった状況を訴える経営者もいます。
こうした事情は業界によっても若干異なります。半導体製造装置のサプライヤーの関係者は、人手不足時代でも安定して新卒社員を確保できていると筆者に教えてくれました。この企業では首都圏の同業と同じ水準の給与を実現しています。一方、自動車/機械系のサプライヤーは、新卒採用がゼロの年もあり、従業員の世代構成のバランスがうまく取れていないといいます。
新卒を獲得できなければキャリア人材でまかなえば良いという考えが通用するのは、首都圏などごく一部の地域に限られます。地方都市ではハローワークに求人を出し続けても応募がなく、大都市と遜色ない給与を提示しなければ生き残れないと危機感を募らせる経営者もいます。
賃金の差が企業の競争力に直結しています。仕事を回せる従業員が不足すれば、受注できる仕事量に上限が生まれます。収益は伸びず、投資や従業員の給与アップもできないという悪循環が止まりません。
地方の中小製造業が「稼げる会社」になるには、仕事を仕組み化し、デジタルで人手を効率化させて回していくほかありません。属人化排除と業務の標準化が利益率を改善し、従業員の賃上げを実現します。中小企業が生き残るには、デジタル化、データ化による経営の見える化・効率化にかかっているのです。
中小製造業は「モノづくりのIT投資」に偏りがち
経営者は利益率改善のためITを活用したい、でもデジタル投資が進まない。それはなぜなのか。筆者らは中小製造業経営者の意見を聞く中で、次のような結論を導き出しました。
- 中小製造業はモノづくり偏重である。経営者は製造分野には強いものの、「良く売る」と「カネ勘定」が苦手である。
- 製品別の収益性や原価を精緻に把握できず「どんぶり経営」の状態である。中小製造業の大半は、製品別収益性/原価の把握に月次締め後2週間以上を必要としている。
製造業の企業経営では、製造分野の「匠(たくみ)」、営業活動の「売」、そして企業をドライブするための「そろばん」が一体化している必要があります。成功している大企業では匠/売/そろばんのサイクルが正常に機能して成長を維持しています。
しかし、中小製造業は匠(製造)への投資を重視する傾向があります。事実として、中小製造業も積極的にIT投資をしているのですが、その中身をよく見ると、モノづくりの設備稼働に関するシステムやIoT(モノのインターネット)などに偏っているのです。
大企業のサプライチェーンに組み込まれている企業ほど、自動的に届く注文をこなせば経営が成り立つ状況にあることも、この傾向を加速させる要因となっています。こうした企業には、組織化された営業部門が存在しないことさえあります。
製造業企業が持続的に成長して賃上げするには、経営者が「正しいデータ」に基づき経営判断できる環境が不可欠です。特に、経営資源のコントロールタワーであるそろばん(経営者の頭脳)は「何を作るか/撤退するか」「どこに売るか/取引をやめるか」「どこへ投資するか」を判断する必要があります。それらの判断には、匠/売のデータの正確な「可視化(見える化)」が必須です。
もし経営データを可視化できていなければ、「何を作ったらもうかるか」「何を改善したら利益率が上がるか」も見えません。厳しい言い方ですが筆者は、どんぶり勘定が常態化した経営を「どんぶり経営」と呼んでいます。
どのような企業でも、材料の調達費用は正確に把握しています。しかし、労務費や経費含め、どの製品にどれだけ投下しているかの管理は曖昧になってしまっている企業は多くいます。
仮に作れば作るほど赤字になるような製品があっても、製品別の原価を正確に把握できていなければ分かりません。どの部分のコストを下げるべきかの判断がつかず、取りあえずざっくりと製品の生産性を向上しようとか、注文数以上の生産を止めてしまおうとかいった判断になりがちです。逆に言えば「打ち手が分かる状態」にすることが、どんぶり経営を脱する手段です。
どの作業にどれくらいの人や時間が費やされたのかという時間単価の集計や、各コストを適切な部門にチャージして製品単位で配賦する処理は煩雑です。ですが、これがうまくいかなければ原価が不明瞭になります。
調達原材料のコストを下げることに集中するという選択肢もありますが、残念ながらそれは企業経営にとって部分最適化にしかなりません。目指すべきはコストに関するデータを管理会計まで連携させ、正しく集計し、経営状況を可視化したうえで、全体最適化することです。中小製造業の経営者は、その第一歩を踏みださなければなりません。
次回予告
ERPは全体最適を可能にするデジタルインフラです。しかし、なぜ中小製造業での認知度や普及率が低いのか。次回はその原因と、中小企業に適したERPのモデルは何かを探ります。また、その問いへの回答として、共通プラットフォームによる「相乗り型ERP」を深掘りしていきます。
⇒連載「中小製造業の生産性向上に効く! ERP活用の最前線」のバックナンバーはこちら
相川 英一(あいかわ えいいち)
アクセンチュア テクノロジーコンサルティング本部 マネジング・ディレクター。インテリジェント ソフトウェアエンジニアリング サービスグループ兼アクセンチュア・イノベーションセンター福島 センター統括。主に自動車や機械製造、物流、小売といった製造・流通業のSI開発やシステム刷新、合併・統合など大規模プログラムでプロジェクトマネジメントを担当する。特に自動車業界向けのコネクティッド領域など先進技術を活用した案件を得意領域とする。
佐々木 学(ささき まなぶ)
アクセンチュア テクノロジーコンサルティング本部 アソシエイト・ディレクター。2008年アクセンチュアへ入社し、一貫して大手製造企業の基幹業務改革・システム構築プロジェクトに従事。企画から構築・運用まで幅広い経験を有し、構築に携わったプロジェクトはすべて稼働のうえ安定化までやり遂げている。2019年から中小製造業の面的生産性向上プロジェクトであるCMEsを立ち上げ、全体リードを務める。
鈴木 鉄平(すずき てっぺい)
アクセンチュア テクノロジーコンサルティング本部 シニア・マネジャー。アクセンチュア・イノベーションセンター福島、アクセンチュア・アドバンスト・テクノロジーセンター仙台。慶應義塾大学法学部法律学科卒業、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修了。日系、外資系コンサルティングファームを経て2018年アクセンチュア入社。2020年東京から出身地の仙台にUターン移住。以後CMEsプロジェクトに従事、全国の中小製造業経営者への普及啓発リードを務める。
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