物質収支とエネルギー収支の考え方:はじめての化学工学(3)(2/2 ページ)
化学工学計算の中で物質収支とエネルギー収支は、化学プロセスの挙動を理解し最適化するために不可欠です。今回は、物質収支やエネルギー収支の基本的な考え方と計算事例を解説します。
収支計算で考慮するエネルギーの種類
エネルギー収支計算で扱うエネルギーの種類は多岐にわたります。
- 顕熱:温度変化に伴うエネルギー
- 潜熱:相変化(蒸発、凝縮、融解など)に伴うエネルギー
- 反応熱:化学反応に伴うエネルギー
- 仕事:外部から加えられるエネルギー(ポンプ、圧縮機など)
- 位置エネルギー:系の高さに伴うエネルギー
多くのエネルギーがある中で、加熱冷却に関係する熱エネルギーに注目した場合は熱収支とも呼ばれます。
エネルギー収支計算の例
エネルギー収支計算について、加熱した油を冷却水で冷やすための熱交換器を例に考えてみます。詳しい伝熱の計算式は次回以降で解説します。今回は比熱を用いた計算を行います。
- 油側の条件(高温側)
- 入口温度:80℃
- 出口温度:40℃
- 質量流量:2.0kg/s
- 比熱:2.1kJ/(kg・K)
- 冷却水側の条件(低温側)
- 入口温度:20℃
- 質量流量:3.0kg/s
- 比熱:4.2kJ/(kg・K)
与えられたのは供給する液の温度と流量、そして油をどこまで冷やしたいかという目標値です。ここからエネルギー収支計算(熱収支計算)により、暖められた冷却水の温度を求めます。まず高温側(油)の放出熱量を計算します。
2.0[kg/s]×2.1[kJ/(kg・K)]×(80−40)[K]=168kJ/s
油を80℃から40℃に冷やしたときに放出する熱量は168kJ/sとなります。熱収支を考えると、高温側が与える熱量と低温側が受け取る熱量は同じです。正確には熱交換器からの放熱もありますが、十分に保温されてロスがゼロであると考えます。168kJ/sの熱量が冷却水に移動するため、水の温度上昇を計算できます。冷却水出口温度をT[℃]と置きます。
168[kJ/s]=3.0[kg/s]×4.18[kJ/(kg・K)]×(T−20)[K]
T=33.4℃となり、冷却水の出口温度は33.4℃となります。
最後に
プロセスの規模や複雑さによって計算が非常に煩雑になることがあります。そのため難解な収支計算を効率的に行うために、プロセスシミュレーターと呼ばれるソフトが普及しています。このソフトではユーザーが入力したプロセスフローシートに基づいて、各プロセスの組成、温度、圧力などを瞬時に算出できます。
実験室で成功した化学反応を工業規模で再現するには、必ず収支計算を行います。物質収支とエネルギー収支は互いに密接に関連しており、化学プロセスの設計や解析において同時に考慮しなければなりません。まずは小さく分かりやすい系から考え、少しずつ複雑かつ大きな系に挑戦してみてください。(次回へ続く)
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