検索
連載

複合材料3Dプリンタで作る新しいスナップロック構造複合材料と3Dプリンタのこれまでとこれから(6)(2/2 ページ)

東京工業大学 教授/Todo Meta Composites 代表社員の轟章氏が、複合材料と複合材料に対応する3Dプリンタの動向について解説する本連載。今回は、従来のスナップロック構造と新しいスナップロック構造について解説します。

Share
Tweet
LINE
Hatena
前のページへ |       

問題点(2)の解決方法とは?

 問題点(2)を解決するためには大幅な改良が必要です。図3の部材A面だけからのアクセスでロックと解除を両方できるようにするためには、スナップロックの構造をもっと複雑に変える必要があります。しかし、3Dプリンタであれば複雑な形状も成型可能です。まさに3Dプリンタ向けと言えます。

 例えば、スナップロックの足が最初から閉じている構造に変更します。そして、2本の足の間にピンを差し込むことで足を開くようにすれば、ピンを抜くだけでアンロックができるようになります。概念図を図4に示します。

 具体的には、図4のようにヘッドと軸の中央部分に孔をあけます。そして、足を閉じた状態を初期状態とします。この状態なら、部材のAとBを締結するためにスナップロックを差し込むことは簡単です。スナップロックを部材のAとBの孔に差し込んだ後に、スナップロックの中央孔に茶色で示されているピンを差し込めば、両足が開いて部材のAとBがロックされます。この方法であれば、部材A側から茶色のピンを抜くだけでアンロックができることになります。

図4 新スナップロックの概念図
図4 新スナップロックの概念図[クリックで拡大]

 しかし,茶色のピンを押し込みすぎると引き抜けなくなります。また、振動が加わると、茶色のピンが抜けてくる可能性もあります。何かが衝突しただけで、茶色のピンが押し込まれて抜けなくなる可能性もあります。

 これらを回避するために,茶色のピンの上部に簡易ロック/アンロック機能を搭載することにします。茶色のピンの上端部をU字型にして、そこに小さい返しを付けます。そして、スナップロック側に返しをはめ込む溝を作ります。U字型にしたことで、上端部が曲げやすくなっています。その部分をペンチでつまんで曲げて差し込めば、スナップロックの溝にU字型の返しがはめ込まれてアンロックできなくなります。アンロック時は、U字型部分をペンチで曲げて返しを外せばよいだけです。

 この動作を解説付きで動画にしました。締結の動画と解除の動画をご覧になれば、その仕組みが分かります。

新たなスナップロックの締結の解説動画[クリックで再生]
新たなスナップロックの解除の解説動画[クリックで再生]

 このスナップロックは上部がかなり複雑な構造になりましたが、3Dプリンタであれば成型可能です。筆者の研究室ではMarkforged製の複合材3Dプリンタ「Mark Two」でこれを成型しています。このスナップロックの詳細は[参考文献1]で紹介しています。[参考文献1]ではこのスナップロックのSTLデータもダウンロードできるようになっています。これにより、3D CADソフトを用いて長さを変えるだけで、スナップロックの3D CADデータを作れ、このデータを利用して複合材3Dプリンタで成型できます。強度向上に関しては足部分に連続ガラス繊維を補強材として導入します。

 ここまで、複合材3Dプリンタについてのお話をしてきました。これ以外にも、メタマテリアルがあります。愛媛大学 理工学研究科 講師の水上孝一氏は図5に示すような、振動を抑制するメカニカルメタマテリアルをMarkforgedのMark Twoプリンタで成型しています[参考文献2]。

図5 愛媛大の水上先生からご厚意でご提供してもらった振動抑制メカニカルメタマテリアルの画像
図5 愛媛大の水上先生からご厚意でご提供してもらった振動抑制メカニカルメタマテリアルの画像[クリックで拡大] 出所:愛媛大学

 3Dプリンタで成型する利点は「付加成型」です。複雑な形状を成型できるのは付加成型の一番の利点です。既存の機械構造部品は、「削減/変形する成型」に基づいています。既存の機械構造部品をそのまま3Dプリンタで成形するだけであると、高コストになります。

 もちろん、金型や部品ストックが不要、試作のリードタイム削減などの効果が望める製品であれば、現状の機械構造部品でも3Dプリンタで置き換えることは可能です。しかし、将来的にはこのような複雑な形状を一体で成型していくことになります。その時、従来の機械を知っているエンジニアの方が既存の知識が足かせになって身動き取れなくなります。古き伝統を守ることが得意な日本は、今後まさに危機的な状態になり得るわけです。

 第1回でお話したように、2028年以降は複合材3Dプリンタが北米を中心に積極的に活用されるようになると予想されています。2029年ごろには、その波が日本にも伝わってくるでしょう。何も基礎がないところには新しい技術は生まれてきません。その時、急に方向転換することはほぼ不可能です。

 いまから少しずつ変化していかないと生き残れない時代が来ることでしょう。複合材料特有の異方性と不均質、データのばらつきの大きさを理解した上で、複雑形状の構造を設計できるように今から取り組みを始める必要があります。

 本連載では6回にわたり、複合材3Dプリンタを用いた技術的なお話をしてきました。私の解説はこの回で終わりになります。長い間、ありがとうございました。(連載完)

⇒ 連載バックナンバーはこちら

筆者紹介

東京工業大学 工学院機械系教授/Todo Meta Composites代表社員 轟章(とどろき あきら)1961年8月生まれ。東京工業大学機械物理工学科の学士と修士を修了後に三菱重工業に2年間従事。東京工業大学に戻った後に「疲労き裂進展に及ぼす残留応力の影響に関する研究」で学位を取得。その後、複合材料の強度や非破壊検査、最適設計の研究を開始した。1995〜1996年にフロリダ大学に留学して最適設計を学ぶ。2013年から連続繊維強化複合材の3Dプリントの研究に従事している。論文数は300以上、学会などからの受賞は23回、2023年10月の“Elsevier Data Repository”において、世界のトップ科学者上位2%にランクインされた。2022年から金属、複合材、樹脂などの設計や強度評価、3Dプリントした構造強度に関するコンサルをTodo Meta Compositesという企業で行っている。同会社での技術相談は気軽に応じている。2024年1月には東工大発ベンチャーに認定され、既存の製品にない連続繊維を成形可能な3Dプリンタの特許も所有している。現在、製品化のための投資募集中。2023年から日本付加製造学会会長。


参考文献:

[1]Masahiro Kubota,Akira Todoroki, Keisuke Iizuka,Novel snap-lock fastener using 3D printed composites,Agora of Additive Manufacturing,2024,paper24002.
[2]水上孝一, 中村 昂大, 広帯域振動減衰のための連続炭素繊維強化バタフライヒンジメタマ テリアル, 第15回日本複合材料会議講演論文集,(2024),3D05.


前のページへ |       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

ページトップに戻る