サプライチェーンの不完全なデータ統合がもたらすビジネスリスクとは:サプライチェーンの「可視性のギャップ」に光を照らす(前編)
データ収集の課題を解決し、倉庫業務における複雑な問題に対処するには、業務効率を向上させる先進的なテクノロジーの導入を検討する必要があります。本連載では、サプライチェーンにおける商品、情報、リソースの可視性がどのような役割を果たすか、また、データの断片化に起因する可視性のギャップを埋めるためのヒントを紹介します。
今日のサプライチェーンは、計画や調達、配送、顧客サービスに関わる従来の課題に加えて、新たに生じている数多くの複雑な変化に直面しています。需要予測、サプライヤーとの関係管理、生産の効率化、在庫管理、テクノロジーの統合など、関連する課題は山積しており、その解決には、サプライチェーンを構成するパートナー間でのシームレスな連携が求められます。サプライチェーンの担当者は日々、こうした課題に対処しなければなりません。
この4年間、業界は未曽有の変化を目の当たりにしてきました。全世界に影響をもたらしたパンデミックを経て、人々の購買習慣が実店舗からオンラインショッピングへと移行しました。それがサプライヤーに対して過度な需要を引き起こし、地政学的問題や紛争も相まってより複雑な状況を作り出しました。そして、サプライチェーンはもはや効率性ではなく、レジリエンス(強靭性)を中心に構築すべきであることが明らかになったのです。
サプライチェーンにおける「可視性」の役割
サプライチェーンのレジリエンスを実現する上では、可視性が極めて重要な役割を果たします。ここでの可視性とは、物流のさまざまな段階で、モノや情報、リソースの動きをリアルタイムに追跡/監視する能力のことです。サプライヤーから消費者に届くまでの商品の動きを、包括的に把握するということです。しかし、ロジスティクス企業のなかで、自社のオペレーションを完全に把握しているのは、全体のわずか6%に過ぎません。
オペレーションを完全に可視化するには、サプライチェーンの全段階を、リアルタイムで追跡/監視する必要があります。これは、レジリエント(強靭)なサプライチェーンを構築し、インサイト(知見)を提供し、先見性のある意思決定を行い、サプライチェーンのパートナー間での連携を促進する上で不可欠です。
オペレーションを可視化できれば、サプライチェーン全体を把握でき、それによってボトルネックを特定し、プロセスを最適化、全体的な効率性の向上が図れます。ロジスティクスと倉庫業務においてリアルタイムの在庫把握や正確な出荷の監視、正確な倉庫業務管理を行う能力こそが、可視性がもたらす変革の力となるのです。
また、データは、リーダーやチームの意思決定に大きな力を与えます。タイムリーかつ精度の高いデータは、ビジネスにおいて競争優位をもたらし、複雑で動きの速いサプライチェーンの世界では、おそらく最も真価を発揮するでしょう。
今日の革新的なソリューションによるリアルタイムのデータやインサイトは、旧来の限界や予想を超える可能性があります。そしてその効果は、大胆な在庫調整から想定外の状況に応じた配送ルートの変更など、業務効率以外の範囲にまで及びます。リアルタイムデータは、顧客の需要や市場の変化、想定外の問題に迅速に対応できる、先見性のある体制を整えるための戦略的ツールとなるのです。
サプライチェーンにおける「可視性のギャップ」を理解する
現代のサプライチェーンは非常に複雑です。サプライヤーから輸送業者まで数多くのステークホルダーが関わるため、完全な可視性を確保し、それを維持するのがますます困難になっています。
しかも多くの企業では、断片化されたレガシーシステムを運用しており、データはサイロ化され、別々のプラットフォームに蓄積されています。こうした統合性の欠如がデータのシームレスな流れを妨げており、サプライチェーン全体をリアルタイムで追跡/監視することが難しくする要因となっています。これが「可視性のギャップ」です。
可視性のギャップが生じる根本的な原因は、データの流れにあります。データを断片化させる要因はさまざまですが、主な理由は下記の3つです。
- 断片化されたシステム:多くの企業がまとまりのない複数のシステムを運用し、データのサイロ化を生んでいるため、サプライチェーン全体での情報のシームレスな流れが妨げられています。
- コミュニケーション不足とヒューマンエラー:重要な情報が迅速かつ正確に共有されなければ、可視性のギャップが生まれ、業務課題が悪化します。同様に、誤ったパレットの位置にボックスを配置してしまう、倉庫管理システム(WMS)に誤入力してしまうといった単純なヒューマンエラーから問題が生じることもあります。
- レガシーテクノロジー:時代遅れ、あるいは互換性のないテクノロジーは、リアルタイムのデータのやりとりに影響を及ぼすことがあります。レガシーシステムは、現代のサプライチェーンのダイナミックな動きに対応できる機能を十分に備えていないことが多いのです。
可視性のギャップがビジネスに与える影響とは?
可視性のギャップが生まれる原因を理解したら、次は、それがビジネスにもたらす影響について知っておく必要があります。先ほど述べたように、可視性は業務効率の達成や維持において不可欠な能力です。現代では、可視性の欠如は多大なリスクを生み、非効率性の温存につながる恐れがあります。
そうした非効率な状態が実際のビジネスに与える影響をいくつか挙げてみます。
- 業務コストの増加:サプライチェーンを明確に視覚化できなければ、非効率性や過剰在庫、混乱によって、業務コストの増加に直面しかねません。これは、企業全体の収益性に影響を及ぼします。
- 顧客の不満足:今日の消費者主導の市場においては、消費者は、タイムリーかつ正確な配送を期待しています。可視性のギャップは出荷の遅れや在庫切れを招きかねず、顧客が不満を感じ、企業の評判が低下する恐れもあります。
- リスクの高まり:可視性が欠如すると、リスクを特定して、それを効果的に軽減することが難しくなります。地政学的問題や自然災害、サプライチェーンの混乱などの予想外の問題が発生した際に、可視性を欠いた企業はそれらの影響を受けやすくなるのです。
ここまで述べてきたように、サプライチェーンを取り巻くさまざまな課題を解決するためには、サプライチェーンのあらゆるデータをリアルタイムで追跡/監視し、商品の動きを包括的に把握することが極めて重要です。一方で、収集されたデータが統合されていないと「可視性のギャップ」が生まれ、ビジネスに悪影響を及ぼしてしまいます。次回は、そんな可視性のギャップを埋め、倉庫業務における複雑な問題に対処するためのヒントをご紹介します。
Andrei Danescu
Dexory(デクソリー)CEO兼共同創業者
Dexory(旧BotsAndUs)は英国ロンドンを拠点に、物流倉庫向けの最先端ロボット工学とAlソリューションの開発を行うテクノロジー企業。ダネスクはDexoryの共同創業者で、システム工学と自律技術分野での経験を有するエンジニアでもある。 2004年からロボット開発に携わり、自律型ロボットを世界に広げる機会を探求し続ける。
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