リチウムイオン電池からのレアメタル回収に新技術、無機酸や有機溶媒を使わない:素材/化学インタビュー(3/3 ページ)
自動車の排ガス触媒やリチウムイオン電池から環境に優しく高効率にレアメタルを回収できる「イオン液体」と「深共晶溶媒」を開発した九州大学大学院 主幹教授の後藤雅宏氏に、両溶媒の開発背景やこれらを用いた溶媒抽出法のプロセスおよび成果、今後の展開と課題について聞いた。
リチウムイオン電池を対象に製造した深共晶溶媒の成果
MONOist リチウムイオン電池を対象に製造した深共晶溶媒の成果についても教えてください。
われわれの研究グループではリチウムイオン電池を対象に製造した深共晶溶媒を用いた溶媒抽出法で、リチウムイオン電池をモデルとした化合物の粉末からコバルト、リチウムを他の金属と分離して回収した。この深共晶溶媒が3回繰り返して利用できることも確認している。
また、ハイブリッド自動車(HEV)で利用されていたリチウムイオン電池の正極材ブラックマス(リチウムイオン電池の正極材を熱処理して得られる粉体)に、走査型電子顕微鏡とエネルギー分散型X線分散光法を用いた元素マッピングを行い、コバルトやニッケル、ニッケル、マンガンが含有されていることを確かめた。続いて、その正極材ブラックマスにわれわれが開発した深共晶溶媒を活用した溶媒抽出法を用いてリチウムやコバルト、ニッケル、マンガンを他の金属と分離して回収した。つまり、廃棄されたリチウムイオン電池でもわれわれの深共晶溶媒が有効なことが分かった。
深共晶溶媒を活用した溶媒抽出法を用いてPHEVで利用されていたリチウムイオン電池の正極材ブラックマスからリチウムやコバルト、ニッケル、マンガンを他の金属と分離して回収[クリックで拡大] 出所:九州大学
社会実装は2025〜2026年に
MONOist 今回の溶媒抽出法の研究に関する現状や今後の展開、課題について教えてください。
後藤氏 既に、われわれの研究グループが開発したイオン液体や深共晶溶媒、これらを用いた溶媒抽出法のプロセスに関して、米国、欧州、アジアなどをカバーした国際特許を取得済みで、現在は複数の企業とともに実用化に向けた研究を行っており、2025〜2026年に社会実装することを目指している。
さらに、1回の溶媒抽出法で対象の排ガス触媒やリチウムイオン電池からレアメタルを100%抽出できるように、イオン液体や深共晶溶媒、プロセスの最適化についての研究も進めている。現状は1回の溶媒抽出法でリチウムイオン電池の正極材ブラックマスから、コバルトとニッケルは90〜93%を、リチウムは80%を回収できた実績がある。対象物に複数回の溶媒抽出法を行えば回収できるレアメタルの量を増やせるが、コストも高くなるため1回でレアメタルを100%抽出できるように改善したい。
また、われわれの研究グループが開発したイオン液体や深共晶溶媒、これらを用いた溶媒抽出法のプロセスを応用することで、レアメタルの鉱石からのレアメタル回収を高効率かつ環境に優しく行える。この研究はトヨタ自動車や住友金属鉱山と進めている。
排ガス触媒のリサイクルの課題として、排ガス触媒が取り付けられた自動車のマフラーが貴金属有価物として高値で取引されており、中国をはじめとするアジア諸国に流れている。排ガス触媒を分別や解体、選別を経て、粉砕/焙焼し粉末化して、溶媒抽出法でレアメタルを回収するには相応のコストもかかり利益が少ないため、自動車のマフラーが貴金属有価物として高値で取引される要因になっている。
レアメタルを取り巻く環境
MONOist レアメタルを取り巻く環境や自動車の排ガス触媒やリチウムイオン電池の市場についての見解を教えてください。
後藤氏 ロシア−ウクライナ戦争の影響でパラジウムやロジウム、プラチナなどの白金族の価格が高騰している。特に市場に出回るパラジウムの43%はロシア産だったため、パラジウムの価格が高まっており白金族のリサイクルの重要性が増しており、さまざまな企業の関心を集めている。
一方、リチウムイオン電池のリサイクルも世界的に注目されている。電動自転車の生産が増えていることも一因だが、主な要因は欧州連合(EU)が2023年8月に発行したバッテリー規則で、リチウムイオン電池の製造に当たって、コバルトは12%、リチウムとニッケルは4%のリサイクル品を使用しなければならないと発表したからだ。なお、2024年にこれらのルールが改訂され、コバルトは16%、リチウムとニッケルは6%のリサイクル品を活用しなければならないとなりより厳しくなった。
これらの状況により、われわれの研究グループが開発したイオン液体と深共晶溶媒を用いた溶媒抽出法への関心が高まっている。
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