製造業が優秀な人材を獲得しづらい根本的な理由とは?:製造業のシン・新卒採用戦略(2)
近年、学生たちから就職先としての製造業の人気が低下している。本連載ではその理由を解説し、日本の製造業が再び新卒学生から選ばれるために必要な「発想の転換」についてお伝えする。第2回は、優秀な学生獲得における製造業各社の連携の重要性を伝えたい。
人材獲得に苦戦している製造業が、再び学生から選ばれるようになるためには、いかに多くの学生に製造業の魅力を伝える「工夫」を凝らし、「機会」をつくれるかが重要になってくる。ただし、就活が本格的にスタートする大学3年生や大学院1年生になると、すでに製造業に対するイメージが固まっている学生も多い。優秀な人材を獲得するためには、より早い段階から学生との接点を増やし、魅力付けをしていく必要がある。
いうなれば、「青田買い」ではなく「青田創り」が求められているのだ。今回は、「青田創り」の考え方や注意点について解説する。
優秀な学生を獲得できない根本的な原因とは?
製造業が優秀な学生を獲得できなくなっている。根本的な問題点を2つ指摘したい。
(1)業界全体で協力できない
製造業が選ばれるためには、早い段階から学生に魅力を伝えていく必要があることは、第1回でお伝えした通りだ。もちろん、早期から学生に接触する重要性を感じている企業もあるが、実際問題、そこにはさまざまな障壁がある。
企業が大学1〜2年生に接触しようとする場合、大学の協力が不可欠だ。しかし、大学側は特定の一社だけを特別扱いできないので、そもそも接点をつくるのが難しい。仮に、学生に接触する機会が得られたとしても、一社だけでは「我田引水」の印象が強くなる。学生側も「なぜ、この企業なんだろう?」「うちの大学はこの会社と何か特別な関わりがあるのだろうか?」などと考えてしまうため、素直に魅力を受け止められないだろう。
このような問題は、製造業の企業が集まって協働することで解消される。だが、当然のことながら、事業上のライバルであり採用競合でも企業同士が団結して、「みんなで製造業の魅力を伝えていく」ということは、「理想」ではあるものの、現実的には「利害」があるので難しい。こうした背景から、これまで製造業各社は「短期集中型の青田買い」で採用活動を進めるしかなかったのだ。
(2)安定的に優秀な学生を獲得できない
製造業に限った話ではないが、企業は自社の未来を切り開いてくれる優秀な学生を求めている。しかしながら、そのような学生に簡単に出会えるほど採用は甘くない。もちろん、優秀な学生に出会えることはあるが、次の年も同じ大学や研究室に行ったからといって、同じレベルの学生に出会える保証はない。ある意味で、「宝探し」のような採用活動を強いられているのが現状だ。
製造業各社が協力し、長期視点で優秀な人材を育てていく
上述した問題を解決するには、考え方を変えるしかない。まず、「業界全体で協力できない」という問題を解決するためには、製造業各社が「ライバルだから」「採用競合だから」といった意識を乗り越え、タッグを組む必要がある。業界全体で協力し、早期から学生に製造業の魅力を伝える「機会」を創出していくことが大切だ。
次に、「安定的に優秀な学生を獲得できない」という問題を解決するためには、「探す」採用を止め、「育てる」採用に切り替える必要がある。どこを探しても優秀な人材が見つからないのであれば、優秀な人材を育て、採用につなげていくことが求められる。製造業は、「狩猟型」の採用活動から、「農耕型」の採用活動にシフトする時期が来ているといえるだろう。
そもそも、日本企業の採用は「効率重視」かつ「短期視点」だといわれている。年単位の採用コストが重視され、「○○年度の新卒は、○○円で○○人採用できた」というように、一人当たりの採用コストを抑えることが良しとされてきた。この価値観から脱却しない限り、優秀な人材を獲得し続けるのは難しいだろう。
人材採用にかかるお金は、「短期のコスト」ではなく「長期の投資」であると捉えるべきだ。理系大学院生であれば、大学に入学してから大学院を卒業するまでに6年はかかる。早い段階から学生の育成に投資して、少なくとも6年くらいの中長期で投資を回収するつもりで採用計画を立てるべきだろう。
「青田創り」を推進するエッジソン・マネジメント協会
このように、短期視点で優秀な人材を探す「青田買い」には限界が見え始めている。これからは、長期視点で優秀な人材を育てる「青田創り」が求められると筆者は確信している。
では、どのように「青田創り」をしていけばいいのか。「青田創り」は、製造業各社が大学と協力関係を結び、早期から学生を育成していくことがベースになる。ただ、上述の通り、大学は特定の民間企業と協働することが難しい。また、学生の育成は短期的な利益を目的とするものではないので、民間企業では事業として扱いにくい。
このような障壁を乗り越えるべく、私たちが2022年に立ち上げたのが「エッジソン・マネジメント協会」だ。「エッジソン」とは、自ら新たな目的や志を示し、イノベーションを起こせるような「目的・志に尖った人財」のことであり、「エッジ」と「パーソン」を組み合わせた造語である。同協会は、「日本を、世界で最も若者が育つ社会へ」というビジョンを掲げ、産官学連携でエッジソンの育成、輩出を目指している。企業では、日立製作所やパナソニック、京セラ、清水建設などが参加しており、大学では早稲田大学、同志社大学などが参加している。
学生との接点を増やすだけでは意味がない
繰り返しになるが、企業が「青田創り」をするためには、積極的に学生との接点を設ける必要がある。その際、肝に銘じておきたいのは、ただ接点を設けるだけでは学生に魅力が伝わるわけではないということだ。「取りあえず学生を集めて、学生の質問に応えればよい」と簡単に考えられるものではない。仮にそうしたとすれば、誰からも質問が出ず、場が凍り付いて終わるのがオチだろう。
これまでも、企業と学生のマッチング機会を提供するサービスはあったが、十分な成果が上がっていない施策も多い。その理由の1つが、「機会」を提供する側が、企業に対してフィードバックをしにくいということだ。協力をしてくれている企業に対し、「プレゼンが面白くないですよ」「それでは魅力は伝わりませんよ」とは言いにくいだろう。もう1つ、「機会」を提供する側に知見が少ないことも大きい。まだ就活のことをあまり考えられていない大学1〜2年生と、具体的に就活をスタートしている3年生とでは「響くポイント」が変わってくる。そのあたりの知見を持たず、どうすれば大学1〜2年生にとって有意義な場になるのかが分からないまま、機会だけを提供していたように見える。
エッジソン・マネジメント協会でも、「青田創り」を促すべく、積極的に企業と学生の接点を設けているが、「接点を設けること」だけではなく、そこで「いかに魅力を伝えられるか」が重要だと考えている。そのため、実際に学生に会う前には、参加企業が合同で「プレゼンテーション研修」をおこなっている。そこで学生に魅力を伝える方法論をインプットし、当日のシミュレーションをおこない、参加企業同士でアドバイスし合いながらブラッシュアップするのだ。
大手企業の採用責任者が、採用競合のエンジニア社員に熱心にアドバイスする、という光景も珍しくない。これまで想像できなかったような協力関係が現実になっているところを見ると、胸が熱くなるものがある。
入念に準備をして、練り込んだコンテンツを提供できれば、学生に製造業の魅力が伝わる。感化された学生の様子を見た大学側は、「こういう機会をもっと増やしたい」と思う。こうした循環が回るようになれば、「青田創り」の成功が見えてくるだろう。
次回は、製造業の「青田創り」において、学生に魅力を伝える具体的なポイントについて解説する。
エッジソン・マネジメント協会とは
エッジソン・マネジメント協会は、企業を越え、セクターを越えて、産官学連携/共創して優秀な人材を育むことをめざして創設された団体だ。若者の育成に情熱を持つ方や、人材採用に問題意識を持つ方は、ぜひWebサイトで事業内容や活動内容をチェックしてほしい。私たちは、いつでも「青田創り」の仲間を求めている。
筆者紹介
樫原洋平 株式会社リンクアンドモチベーション エグゼクティブディレクター
早稲田大学/同志社大学/大阪公立大学 非常勤講師
早稲田大学 モチベーションサイエンス研究所 招聘研究員
一般社団法人『エッジソン・マネジメント協会』代表理事
一橋大学経済学部卒業後、2003年にリンクアンドモチベーション入社。メガバンク、総合商社、グローバルメーカー、インフラ、ITなど多様な業界の採用コンサルティングに100社以上従事。また、大学教育事業を立ち上げ、産学連携での教育プログラムを開発、実行。早稲田大学/同志社大学などで非常勤講師を務める。2022年にパナソニックグループ、日立製作所、清水建設、京セラ、早稲田大学、同志社大学の産学から理事を迎え、一般社団法人『エッジソン・マネジメント協会』を立ち上げ。著書に『エッジソン・マネジメント』(PHP研究所)
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