製造DXで現場人材を本気にさせるのに必要なこと 地に足の着いた改革を:製造マネジメントインタビュー
国内製造業を取り巻く環境は急速に変化している。この中で製造業が新たな価値を出し続けるには、DXの取り組みが急務だ。だが、業界全体でみるとDXの取り組みはどの程度進んでいるのか。現時点での国内製造業のDXについて、進展度合いや課題点を聞いた。
国内製造業を取り巻く環境は急速に変化している。この中で製造業が新たな価値を出し続けるには、DX(デジタルトランスフォーメーション)の取り組みが急務だ。MONOistでも全社的な業務改革や、デジタル技術を取り入れた生産管理の改善活動などに取り組む製造業の取り組みを継続的に報じてきた。
だが、業界全体でみるとDXの取り組みはどの程度進んでいるのか。PwCコンサルティング ディレクターの内田裕之氏に現時点での国内製造業のDXについて、進展度合いや課題点を聞いた。
国内製造業のDXが一歩抜きんでるシナリオも?
MONOist 国内製造業のDXについて、現時点でどのような段階にあると見ていますか。
内田裕之氏(以下、内田氏) DXがバズワードとして広まり始めたころに比べると、DXが企業や工場が実際に変わっていく前提条件であり、そのための手段だとしっかり認識されるようになった。ただ、国内製造業のDXが実際に進んでいるのかというと、必ずしもそうではない。
私たちは製造業におけるDX推進を4つのレベルに分類している。そこでは、生産現場のデジタルツインを活用した予知/予測プロセスによる全体最適化を最終段階、レベル4としている。これをゴールとすると、最初のステップであるレベル1はQCD(Quality、Cost、Delivery)の定量的なデータ化と、それらを現場で分析できる環境作りということになる。データ可視化に役立つBI(ビジネスインテリジェンス)ツールやWebアプリの数は増えている。これらのツールを導入することで、この最初の段階は以前と比べると超えやすくなっている。
レベル2はデータ分析により判明した生産プロセスの課題について、4M(huMan:人、Machine:設備、Material:材料、Method:方法)のデータなどと突き合わせて原因を特定し、解決を目指す取り組みだ。課題解決までデータドリブンで行えれば良いが、そこまで物事は単純ではない。原因が判明した後は現場のノウハウを生かして解決することになる。ただ、原因の特定と解決までのサイクルを高速に回すことで、生産業務の高度化を狙う。
レベル3は蓄積したデータに基づき、AI(人工知能)などで不良発生などを予測することだ。予測に基づき、設備の稼働率や人的リソースの配置を変えるなどの取り組みにつなげる。
総じて、国内製造業はレベル1、2の取り組みをしている企業がまだまだ多い。海外だと、ドイツでは大企業を中心に、QCDと4Mデータを連携させて問題の原因を見える化する取り組みが進んでいる。海外では中小製造業においても、データを取得して活用する意識は強い。
ただドイツも全体として、予知や予測プロセスを取り入れるレベル3に至っているとはいえない、現状としては「レベル2.5」くらいの取り組みにとどまっている印象だ。
MONOist DXの進展の差が、海外企業と国内製造業の間にそれほどあるわけではない、ということでしょうか。
内田氏 ドイツと日本のDXに限っていえば、ドイツが先行しているのは着手のタイミングがやや早かったという点が大きい。インダストリー4.0の概念が日本で注目を集め始めた2、3年前から、ドイツは国家政策として位置付けて取り組んでいた。
国の政策として取り組んできた分、大企業だけでなく中小製造業までDXが浸透しているのがドイツの特徴だ。だが、日本とドイツのトップ企業を比べると、進捗にそこまで大きな差があるわけではないだろう。
さらに最近では、日本とドイツの差自体も埋まりつつあるように思う。コロナ禍も影響しているが、ここ2〜3年、レベル1からレベル2に一気に進め、実際に現場が改善効果を享受できている企業が増えている。AIの民主化も影響して、レベル3の取り組みも増加しており、差は縮まりつつある。現場力の強さという点では、日本はドイツより強いと見ている。同じレベルにまで到達したら、後は一気に日本の製造業が抜きんでるシナリオもあり得る。
まずは仮説を基に対話する
MONOist DXを進める上で課題視されているものの1つが人材不足です。国内製造業はどのように向き合うべきですか。
内田氏 デジタルという文脈ではコーディングやデータ分析のスキルを持つ人材にスポットが当たりがちだ。ただ、製造業が工場でのDXを進める場合、いかに現場の人材がデジタルツールを使いこなしやすい環境になっているかがポイントになる。
昔と比べてPCのスペックが向上しており、PythonやSQLを使って自力でビッグデータを分析することもできる。分析の過程で分からないことがあれば、Webで検索できる。プログラミングの学習コストも低下している。IT部門でなければ解決できない問題は減っており、現場のナレッジを備えた人材がこれらのツールをいかに活用するかが大事だ。
一方で、本来、現場データが大量に蓄積されているのに、入手したいときに使いづらいという環境は残っている。クイックに入手できる仕組みを作ることで、現場で取り組みたいことをすぐに形にできる環境があれば、DXの進展のスピードも上がるだろう。
要するに、社外から招いた人材にデジタル活用やデータ分析を任せ切りにするのではなく、研修を通じて、実際に課題を感じている現場人材にスキルを身に付けてもらい、実践してもらうことがポイントになる。この際には、トップが現場に対して、デジタル活用の重要性を意識してもらうよう、働きかける必要もあるだろう。
MONOist 人材の観点から言えば、製造業の現場では技術承継も長年の課題です。
内田氏 デジタル化に対して抵抗感がある現場では、単にカンコツをデータ化しようとしても振り向いてくれない。ポイントとなるのが、実際に集めたデータで何ができるのか、仮説を示して対話していく姿勢だ。活用されていないだけで、現場には製造の実績や品質データが散在している。これらを用いてデータ活用の有効性を示して、現場を本気にさせる。DX推進でこうした仕掛けが求められるのが、国内製造業の特徴でもある。
フィードバックサイクルを回しつつ、要件定義を少しずつ進める
MONOist 現場を巻き込んだDXを進めるには、まずは理解を得るためのプロトタイプを示すのが大事だということですね。
内田氏 デジタル技術で具体的に何ができるか分からなければ、ITシステムの要件定義は進まない。多くのDXプロジェクトがつまづきがちなポイントだ。要件を作りつつ、プロトタイプをベースに現場の意見やノウハウを取り入れながら高速でフィードバックサイクルを回して、新たに出てきた要望を基に要件定義を徐々に進めていく方法が好ましい。そうでなければ、現場の人間が腹落ちする、地に足がついたDXにならない。
また、AIに関して言えば、パッケージ導入ではなく、スクラッチ開発を主軸に据えるのが有益であるように思う。パッケージに業務を合わせるFit to Standardの考え方があるが、特にAIなどの最新技術導入に当たっては、現場のワークスタイルや組織体制に合わせて必要なものを作り込む姿勢が必要になる。AIはある場面では使えても、別の場面ではそうではないというケースがある。
AIなどの最新技術は発展が非常に早い。最近では不良品の要因分析においても、新しいライブラリを活用すれば、数行コードを書くだけで機械学習のモデル作成からチューニングまで終わらせられるようになっている。こうした最新技術はパッケージ製品に含まれていないことが多い。この意味で、Fit to Standardは古いデジタル技術を前提にした考え方だといえる。最新技術を吟味した上で、自分たちで使えるものはどんどん使っていく姿勢が求められている。
PwCもデジタル化した生産ラインのデモを体験できる「Factory Digital Transformation(FDX)」を提供しているが、まさにこうした効果をねらったものだ。来場者はさまざまで、現場の人材が経営層やIT部門などと共に来場することもある。
MONOist 今後、国内製造業が現場DXを進めていく上での課題は何でしょうか。
内田氏 コロナ禍を経て、デジタルツールに全く触れてこなかった人が、業務を進める上で便利な必須ツールだと見なすようになった。リモートワークを通じて自宅で使うようになったデジタルツールを、現場でも使えないかと試すようになっている。意識改革は大きく進み、DXに関心を持つユーザー部門も増えてきたと実感している。次の課題は、新たなテクノロジーで現場をどんどん変えていことで、この活動をしっかり推進することだ。
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