エッジAIがIoTデバイスのリアルタイムの意思決定を可能にする:AI基礎解説(2/2 ページ)
インターネットに接続されるデバイスの数は2030年までに290億台に達すると予想されている。これらのエッジデバイス上でAI処理を行う「エッジAI」について、進化をけん引する4つの要素や、導入するメリットを解説する。
自動車のセーフティクリティカルなシステム
自動車は、データを局所的に収集して処理し、クラウドへの送信が必要なデータ量を削減するエッジデバイスの一例です。自動車のECU(電子制御ユニット)は自己完結型であるため、データ処理は局所的に実行され、セーフティクリティカルな決定はリアルタイムに行われる必要があります。ECUなどエッジデバイス上の機械学習モデルは、リアルタイムデータを使用して道路状況に適応し、衝突を減らすことで、搭乗者の安全を確保します。
ある自動車メーカーでは、機械学習モデルを用いて、車両が進行方向を変える際に後輪タイヤが路面とのグリップを失った時に発生するオーバーステアを検知しました。このメーカーは、車両の加速度、ステアリング、ヨーレート(角速度)に関連する数千ものデータ点を取得し、MathWorksのモデルベース開発環境を活用することで、オーバーステアを認識する機械学習モデルの学習や、ECUへの展開と統合を実現しました。
医療機器におけるリアルタイムの意思決定
医療機器分野におけるエッジAIの利点は、迅速な意思決定を可能にする機能です。リアルタイムのデータ解析と異常検出により、タイムリーな介入を実施することができ、生命を脅かす長期的な健康状態に関連するリスクが軽減されます。また、医療用エッジデバイスは時間に依存しないタスクであるデータログを目的としてクラウド内でアプリケーションと通信することができます。このように、クラウドベースコンピューティングはエッジ上のデータ推論を損なうのではなく、むしろ補完して、さらに強力なデバイスのネットワークを作り上げます。
例えば、ある技術研究グループは、低血糖症および高血糖症の兆候を検知する人工膵臓(AP)システム用予知アルゴリズムを開発しました。この研究グループは、バーチャルの患者を作成し、MathWorksのモデルベース開発環境を使用して心拍数やエネルギー消費量などの生理学的信号のシミュレーションを行いました。インスリンポンプ、血糖モニター、ウェアラブルリストバンドと通信するモバイルデバイスに完全なアルゴリズムを展開し、血糖濃度の制御を効果的に行うことができました。最終的に研究グループは、健康状態の統合監視システムとして連携して動作するエッジデバイスのネットワークを作成しました。
まとめ
エンジニアが管理しなければならないデータの量が増加する中で、エッジAIの実装は、クラウド処理への依存を軽減しながら、運用およびコスト効率を維持することに役立ちます。エンジニアがクラウドベースの推論を基盤とし、AI対応の技術が進化するにつれて、企業が製品を差別化するためにAIをエッジデバイスに統合することが急務となってきています。
最も重要なのは、エッジAIは現在のAIベースのシステムに取って代わったり、全面的な見直しを図ったりするものではなく、クラウドベースのAI処理と連携するために追加するものであるということです。エッジ上にAIを実装するとともに、遅延のおそれがないアプリケーションにクラウドを使用することで、エンジニアは業界に関係なくAIの適用を広げていけるでしょう。
筆者プロフィール
Bill Chou
MathWorksのコード生成製品のプロダクトマネージャーであり、MATLAB Coder、GPU CoderおよびSimulink PLC Coderを含む製品を担当しており、過去17年間コード生成技術に携わっている。南カリフォルニア大学で電気工学の修士号を、ブリティッシュコロンビア大学で電気工学の学士号(B.A.Sc)を取得。
Jack Ferrari
MathWorksでMATLAB Coderのプロダクトマネージャーを務めており、ディープラーニングモデルのC/C++コード生成に注力している。また、Deep Learning Toolbox Model Quantization Libraryのプロダクトマネージャーも務めており、MATLABユーザーがAIモデルを圧縮し、エッジデバイスや組み込みシステムにデプロイできるようにしている。ボストン大学で機械工学の学士号(B.S.)を取得。
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