なぜ営業と製造現場は対立してしまうのか? 原因と乗り越えるための方法:間違いだらけの製造業デジタルマーケティング(10)(2/2 ページ)
コロナ禍で製造業のマーケティング手法もデジタルシフトが加速した。だが、業界の事情に合わせたデジタルマーケティングを実践できている企業はそう多くない。本連載では「製造業のための正しいデジタルマーケティング知識」を伝えていく。第10回は営業と製造現場の対立を乗り越える方法を解説する。
対立を解消するための2つの方法
次に、対立を解消するために効果的であると思われる方法についてご紹介する。特に製造業のように専門性が高く、役割の分化が進んでいる組織ほど、こうした対立は生じやすい。コミュニケーション不足を解消するヒントは下記の通りである。
(1)共通の目的や目標をつくる
1つの方法は、組織のメンバーや部署、チームが一致団結して追求すべき目標や方向性を明確に定め、それを基盤に行動するというものだ。これを登山に例えれば、みんなで目指す山を決めるというイメージだ。
全ての部門が同じ目標に向かうことで、部門間のコミュニケーションが円滑となり、メンバー間の誤解や情報の非対称性を減らすことができる。メンバー個々人の、目標に対する理解と共感を深めてもらうことで組織内のモチベーションを高める。これが、達成感や一体感を生むことにつながる。
目標達成においてやるべきことの優先順位が明確となるため、業務の優先順位やリソースの配分に関する判断基準が統一される。同じ目的を持って業務に取り組むことができれば、組織の動きはより機敏になる。
(2)意図をもって、コミュニケーションの場を設計する
もう1つの方法は、全社や部門間でのコミュニケーションの場を事前に整える。具体的には、オフラインでは会議室や食堂を、オンラインではTeamsやSlackのようなコミュニケーションツールを活用する。コミュニケーションの目的は以下の4つである。
- 情報共有
- 情報収集
- 意思決定
- 動機付け
日常業務の話だけでなく、新規事業などの話題も取り入れることで、より広範な意見交換が可能となる。
コミュニケーションが不足すると、対立が起きやすくなる。特に、相手の立場や意見を理解せず、一方的に意見を押し付けることは避けたい。コミュニケーションの機会を増やすことで、これらの対立を減少させることができる。
しかし、突然全員で共通の目的を共有するのは難しいこともある。そのため、新しい取り組みを始める際には、反対意見や疑問が出ることを前提に、1対1のコミュニケーションから始め、相手の意見をしっかりと聞き、理解する時間を持つことが大切である。
対立を乗り越え経営課題を解決した企業の事例
最後に、部門間の対立を乗り越え、抱えていた経営課題解決に成功した企業の事例を2社ご紹介する。
「夢マップ」で事業が大きく拡大/キットセイコー
特殊ネジの製造を手掛けるキットセイコーでは、営業担当が新しい仕事を持ち込んでも「また仕事が増えた」「残業しなきゃ」という不満の声が多く聞かれていた。現場の負担は理解できるが、営業としては、会社やみんなのために仕事を取ってきた努力が評価されずつらい状況だった。
そこで、同社では「夢マップ」という取り組みを始めた。これは、スタッフ一人一人の夢や目標を明文化し、それを実現するためのステップを可視化するものだ。例えば、「有名テーマパークのアトラクションに使われるネジを作りたい」「大好きなあのクルマのネジに採用されたい」という夢を持つスタッフがいれば、その夢を掲示し、実現した際にはそれを塗りつぶしていく。
この取り組みの結果、仕事に対するスタッフの意識やモチベーションが大きく変わった。仕事をただの業務ではなく、自分たちの夢や目標につながるものとして捉えられるようになったのだ。現在、同社では「少量多品種生産」「ネジへの特化」「材質へのこだわり」といった独自の方針を持ち、多くのユニークな仕事が舞い込んでいる。
その結果として人工衛星、原子力発電、鉄道信号、半導体部品、F1など、多岐にわたる業界での仕事獲得という実績につながり、取り組みの成果が出ている。そして、スタッフ一人一人が、自分の夢や目標を実現するために日々努力している。
「風船会計メソッド」で離職率が大幅低下/松本興産
金属加工メーカーの松本興産では、かつて経営と社員の間には明らかな溝が存在していた。方向性を示し、会議で決定した事項であっても、それを持続する行動が見られなかったのだ。経営陣としては、業績を向上させるためのプレッシャーを感じており、その結果として社員を厳しく管理する方針を取った。しかし、これが原因で社員との間に対立が生じてしまった。
そこで、同社では新しいアプローチを試みることにした。業績への恐怖からの行動を止め、(1)利益を出すことと、(2)社員全員が幸せになれる方法を模索した。会社内での各立場や仕事内容によって持つ視点が異なることは当たり前で、この違いからコミュニケーションの障壁が生まれることも少なくない。
そのため会計をツールとして、全員の視点を一致させる方法を考案した。会計は会社の全てを表すものであり、これを可視化することで、全員が同じ情報を共有できる環境を作り出せると考え、この考えの下、約2年の時間をかけて「風船会計」という方法を開発した。
風船会計メソッドは、会計の知識をビジュアル化することで理解を促す方法だ。損益計算書を風船に置き換えたり、貸借対照表を豚の貯金箱に置き換えたりして、難しい言葉は使わない。
この新しい方法の導入により、仕事はもはや単なる業務ではなく、自分自身を表現する場となった。経営者も、社員と共に経営について考えることができるようになった。また、風船と豚の貯金箱にひもづけて機械の稼働状況と購入費用、製品利益率を可視化したことで、「この機械の稼働率が一番高いんだね」「この機械は高かったのに全然使っていないから、この機械を使うような仕事を受注しよう」などと、社内メンバーで会話できるようになった。
風船会計メソッドの導入後、社内のコミュニケーションの壁が取り払われ、離職率は50%から15%に大幅に低下した。現在は部門長メンバーが定着し、新しい案件に対して積極的に発言し合える文化へ変化してきている。
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筆者紹介
徳山正康(とくやま まさやす)
テクノポート株式会社 代表取締役
製造業専門のWebマーケティング事業と技術ライティング事業を手掛けるテクノポートの代表を務める。「技術マーケティングで日本の製造業に追い風を」を経営理念に、これまでに数名の町工場から一部上場のメーカーまで、累計1000社を超える製造業を支援し、数多くの企業の経営革新を実現。
グロービス経営大学院(MBA)卒業、(社)日本ファミリービジネスアドバイザー協会 フェロー、(社)Reboot 理事、(社)Glocal Solutions Japan 認定専門家。
筆者紹介
杉山純一
株式会社ジャパン・エンダストリアル 代表取締役
2013年に株式会社リンクコーポレイトコミュニケーションズ(リンクアンドモチベーショングループ)入社。プランナーとして、日本の大手メーカーのコーポレートブランディング(IR・理念浸透・採用)を専門に30社以上支援。2019年に株式会社ジャパン・エンダストリアルを設立。製造業専門のMicrosoft製品の利活用サービスを提供。2022年より講師活動を開始し、セミナー受講者数は100名以上。同年10月に情報経営イノベーション専門職大学 客員講師を拝命。
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