「手先のイノベーション」を起こせ、産業用ロボットの可能性開く赤外線型の近接覚センサー:羽田卓生のロボットDX最前線(6)(1/3 ページ)
本連載では「ロボット×DX」をテーマに、さまざまな領域でのロボットを活用したDXの取り組みを紹介する。第6回は近接覚センサーを開発するThinkerを取材した。
国際ロボット連盟(International Federation of Robotics)の調査によると、国内では約37万台の産業用ロボットが既に稼働して、働いているという。ただ、この数は全労働者に比べればまだ少ないとも言える。普及に向けた障壁の1つが技術面の問題だ。ロボットに任せて自動化、効率化すべき仕事は多いが、現時点で実現できないものが多い。
このギャップを埋める研究開発を進めているのがThinkerだ。同社は独自の「近接覚センサー」で、人にとっては「当たり前」でもこれまでロボットが出来なかった作業の実現を目指している。Thinkerの独自技術はシンプルなハードウェアと高度なAI(人工知能)技術を掛け合わせで構成されているが、他社が容易に真似できないプロダクトに仕上がっている。
産業用ロボットが実現できていることはまだわずか
現在、産業用ロボットは自動車から電機、電子部品の製造など幅広い業種で、人間にとっては単調で疲れる作業や危険な環境下での労働を代替している。高速で24時間、疲れずに働き続ける点は労働力としてとても優秀だ。年々、いろいろな用途開発が進んでいる。
ただ、まだまだ苦手な仕事も多い。Thinker 取締役CTOの中野基輝氏は産業用ロボットを人に例えて、「3歳児にできる作業がロボットにはまだ難しい、というケースは少なくない」と説明する。現状のロボットは、特定のタスクに特化した作業能力を持つ一方で、多様な状況に適応するという、人間にとっては「当たり前」の能力がない。具体的に言えば、次のような動作の自動化はまだいくらか困難が残る。
- (対象物同士を)はめ込む/添わせる
- かき混ぜる
- 透明なガラスやプラスチックを把持する
- 紙など薄いものをめくる
その結果、ロボットが活用できる領域は限定的になってしまっており、導入が進まない一因になっている。この意味で、産業用ロボットはまだ「未成熟」なのだ。ロボットがこれらの仕事が容易にできるようになれば、ロボットの普及はもっと進むはずだ。
近接覚センサーは「当たり前」への一歩
この問題解決のためにThinkerは近接センサーの一種である近接覚センサーの開発に取り組んでいる。近接センサーは触れる前に対象物が何かを検出できるもので、ロボットだけでなく自動車やスマートフォンなどにも広く採用されている。静電容量や超音波で感知するなど、さまざまなタイプが存在している。例えばスマートフォンでは、通話時に耳にスマートフォンが接触したことを感知し、タッチセンサーがオフになる仕組みなどに使われている。
Thinkerの近接覚センサーはこれらの近接センサーと異なり赤外線を使ったタイプとなっている。中野氏は、「現時点でこのアプローチは類似の手法が見当たらない、ユニークなものだ」と説明する。ロボットのエンドエフェクターにセンサーを装着しており、5ms(0.005秒)ごとに超高速で対象物との距離や傾き、反射率を計測できる。結果、ロボットアームを常に最適な姿勢に制御できるのだ。
近接覚センサーは物体に触れる前に、対象物の傾きなどの情報を認識できる。このため、触覚センサーなどと比べて動作を早くに開始できる上、ロボットが自身の位置や動きを正確に制御しやすい。より高度な動きや精密作業が可能になる。
アームに大まかな指示をあたえれば、ハンドに装着した近接覚センサーがきっちり位置決めをしてくれる。これが、人間にとって「当たり前」の作業をロボットが担えるようにする道を開く。近接覚センサーはロボットが新たな領域に進出するための重要な要素となり得るのだ。
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