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覚悟を決めて値段を2倍に、「越前打刃物」の柄を蒔絵でモダンに彩る夫妻の挑戦ワクワクを原動力に! ものづくりなヒト探訪記(8)(6/7 ページ)

本連載では、厳しい環境が続く中で伝統を受け継ぎつつ、新しい領域にチャレンジする中小製造業の“いま”を紹介していきます。今回は越前打刃物の柄を製造している山謙木工所さんを取材しました。

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蒔絵を一定の品質で大量生産する難しさ

――蒔絵はどのようにして勉強されたのですか?

由麻さん 蒔絵とは漆工芸の代表的な加飾技法の1つです。漆で絵や文様を描き、漆が固まらないうちに金属粉を蒔(ま)くことで表面に付着させる技法です。

 田村さんは金沢の蒔絵師(加賀蒔絵)ですが、辻さんとビジネスを共にしているというつながりから、蒔絵の勉強をさせてもらいました。塗師の親方と蒔絵の親方、私には2人の親方がいるんです。どちらの親方からも、塗りや蒔絵だけではなく、どんな産地のモノづくりにも通用するような考え方を教えてもらいました。

 でも、絵を描くのは元から好きでしたが、東京藝術大学入学には厳しい絵の試験をパスする必要があり、そのための絵の勉強がものすごく大変で、絵を描くこと自体が長い間トラウマになっていました。今でこそだいぶ回復していますが、蒔絵の仕事をしたばかりのころは精神的に辛くて、親方に申し訳ないなと思ったこともあります。それでも蒔絵をさせてもらえて、すごく勉強になりました。


蒔絵作業中の様子。漆独特の赤色に、落ち着いた金色の模様が映えます[クリックして拡大] 出所:山謙木工所

極細の筆で模様を描き、金属粉を蒔いて加飾していきます[クリックして拡大] 出所:ものづくり新聞

――福井県(鯖江市河和田)と石川県(金沢市)、異なる土地のモノづくりを経験し、何か違いを感じることはありますか?

由麻さん 金沢の蒔絵(加賀蒔絵)と、鯖江市河和田の蒔絵(越前漆器の蒔絵)は、単価が違います。加賀蒔絵をしている私の親方は、1カ月に数点ほど蒔絵の商品を納めますが、河和田の蒔絵師は、1口が数十個ほどの大量生産の仕事であることがその理由です。

 加賀蒔絵の緻密な蒔絵を仕上げることも非常に大変でしたが、越前漆器の仕事をさせていただいている今は、同じ商品を数十個、一定の品質で、かつ手早く仕上げることの難しさを体験しています。

木工所に塗師がいるからできること

――山謙木工所の第一印象はいかがでしたか?

由麻さん 越前漆器の木地職人(漆を塗る前の木製のお椀などを作る職人)を見ていると、木地屋さんはすごく大変だなと思っていたので、山謙木工所は包丁の柄だけで社員が10人もいることに驚きました。

――木工という新たな世界に入ることに対してはどんな気持ちでしたか?

由麻さん 結婚する時に、もしかしたら「漆や蒔絵は辞めて木工所に入ってね」といわれることもあるかなと思っていましたが、そういうことは全くなく、今までやってきたことを続けていけばいいと言ってくれました。私も食器など生活に使う物の塗りの仕事は続けたいと思っていたので、すごくありがたかったですね。

――すごく良いことですよね。産地でのモノづくりに憧れていても、外からすると中の様子が分からず、実際に入ったらどうなんだろうと不安に感じることもあると思います。

由麻さん そうした難しさは、弟子入り中にすごく感じました。言葉の受け取られ方や、振る舞いなど、こういう風に話すとこう受け取られてしまうんだというギャップにすごく悩みました。お付き合いする世代も60代以上の方が多く、世代の違いや自分の未熟さもあったと思います。悩みながらも何とか乗り越えてきました。


作業中の由麻さん 出所:ものづくり新聞

――由麻さんが入社して、柄に漆を塗る取り組みを始めたと伺いました。

由麻さん 包丁の柄に漆を塗ること自体は新しいものではありません。ただ、従来は山謙木工所の柄を買った包丁鍛治屋さんが、問屋さんを訪ね、塗師屋さんや蒔絵師さんに塗ってもらうという流れがあり、結構な人数が介在していました。でも、私が山謙木工所にいることで、「柄を注文して行くついでに漆や蒔絵も頼める」という感じになるため、ほとんど1回のやりとりで済みます。

――なるほど。ショップには、どのようなお客さまがいらっしゃいますか?

由麻さん 贈り物の需要が高いなと感じます。「こんな人がこういう場面で使うから」や「初めて持つ包丁だから、良いものを長く使えるように」という方が多く、心を込めた贈り物に選んでいただき、とてもうれしく思っています。過去には、他店で購入した包丁を持ち込んで、柄を変えてほしいという方もいらっしゃって、こちらが驚いたこともありました。

――柄にこだわるという楽しみ方がすてきですね。

由麻さん 柄に何も塗っていないのはダメなのかというと、そんなことは全くないんですよ。何かが塗ってあると使いづらいという方もいます。それに、弊社が手掛けているような和包丁は、柄で刃物を挟み込むようにして作られているので、取り換えが簡単というメリットがあります。それがいいという方もいらっしゃいますので、本当に人それぞれですね。

漆でマーブル模様が描かれた柄。1つ1つ違った模様になります[クリックして拡大] 出所:ものづくり新聞

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