シミュレーションによる時刻歴応答解析を理解する:CAEと計測技術を使った振動・騒音対策(13)(5/5 ページ)
“解析専任者に連絡する前に設計者がやるべきこと”を主眼に置き、CAEと計測技術を用いた振動・騒音対策の考え方やその手順を解説する連載。連載第13回では「シミュレーションによる時刻歴応答解析」について紹介する。
減衰について
シミュレーションでは減衰を考慮することができます。普通は「レーリー減衰」を選択して、定数αとβを入力することになります。減衰係数をCとすると、次式のようなイメージです。
構造物の質量Mに係数αを掛けたものと、構造物の剛性Kに質量βを掛けたものの和が減衰係数となります。そして、この減衰係数に速度を掛け算したものが減衰力となります。なぜ、わざわざ質量Mと剛性Kが登場するのかというと、そうしないとうまく計算できないからです。極端な言い方ですが、αとβに物理的な意味はないようです。
連載第12回では、図11のような系で振動を測定しました。
このときは約2[s]で25[Hz]の振動が収まりました。今はチューナーがあるようですが、昔はギターのチューニングに音叉を使っていました。440[Hz]で「ラ」の音です。大体10[s]以上は音が鳴っています。振動数が高いほど減衰が早いので、音叉の方が早く減衰するはずですが、実際はこの逆です。
このことから、図11のような系の減衰は鋼材が弾性変形するときに生じたものではないようです。おそらく、シャコ万力で挟んだ鋼の棒と作業机の接触部や、木製の作業机の変形で生じた減衰だと推測されます。何を言いたいのかというと「構造物の減衰は材料の減衰に関する物性値で生じるのではなく、多くの部品から構成される構造によって生じる」のです。減衰は材料の物性値ではないということは、ヤング率やポアソン比などと同列のものではないということです。
次に、式2のCは、Cに速度を掛け算したものが減衰力となるのですが、減衰力が速度に比例するものばかりではなく、クーロン摩擦は速度に関係なく一定値の減衰力が運動方向と逆の方向に発生します。流体抵抗が減衰力ならば、速度の二乗に比例した減衰力となります。
以上のことから、筆者はシミュレーションで精度良く減衰を考慮することに半ば「諦めムード」になっています。普段は減衰をゼロにして解析していました。実際は何らかの減衰があるので、解析結果は大き目の振動量になり、解析値が目標値よりも小さければこの案で設計を進めることにしていました。筆者の経験で一例だけ減衰をうまく表現できたものがあります。超音波溶接機では投入したエネルギーの大半が溶接部の摩擦に消費されます。フル法だと、接触要素を使ってクーロン摩擦が考慮できるので、共振周波数で加振して各点の応力振幅を求めたことがあります。
実は、今回モチーフとした装置の振動対策はシミュレーションを用いて原因を探したのではなく、測定、つまり実験モーダル解析によって原因を探しました。作ってしまった装置を大改造できるはずはなく、対策の第1弾は台形の板を付けました。そして、次世代の装置設計時にC形チャンネル材を使用しました。
さて、次回は今回の時刻歴応答解析と同等の結果が得られる振動測定について取り上げます。 (次回へ続く)
Profile
高橋 良一(たかはし りょういち)
RTデザインラボ 代表
1961年生まれ。技術士(機械部門)、計算力学技術者 上級アナリスト、米MIT Francis Bitter Magnet Laboratory 元研究員。
構造・熱流体系のCAE専門家と機械設計者の両面を持つエンジニア。約40年間、大手電機メーカーにて医用画像診断装置(MRI装置)の電磁振動・騒音の解析、測定、低減設計、二次電池製造ラインの静音化、液晶パネル製造装置の設計、CTスキャナー用X線発生管の設計、超音波溶接機の振動解析と疲労寿命予測、超電導磁石の電磁振動に対する疲労強度評価、メカトロニクス機器の数値シミュレーションの実用化などに従事。現在RTデザインラボにて、受託CAE解析、設計者解析の導入コンサルティングを手掛けている。⇒ RTデザインラボ
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- マツダが取り組む音源寄与度分析、簡易モデルを用いた車内音予測手法による効率化事例
マツダは、ダッソー・システムズ主催の年次コミュニティーカンファレンス「SIMULIA Community Virtual Conference Japan 2021」のユーザー事例講演に登壇し、「量産開発適用に向けた効率的な風切り音予測および分析手法について」をテーマに、音源寄与度分析および簡易モデルを用いた車内音予測手法による効率化の取り組みを紹介した。 - ランドリー(洗濯機)を題材に音振動の低次元化モデリングを考える
「1Dモデリング」に関する連載。連載第8回では音振動のモデリングの事例として、ランドリー(洗濯機)を取り上げる。まず、ランドリーとは何かを機能と構造の視点で考える。その後、音振動の伝達経路、ランドリー固有の要素を説明し、ランドリーの1D振動モデルを示す。また、振動数が変化する外力のモデリング方法とゴムのモデリング方法を紹介する。これらを踏まえ、ランドリーの振動モデルを構築、定式化、解析し、最後に音の1Dモデリングに言及する。 - 内装形状の最適化で不要振動を低減したサウンドシステムを新型車に採用
デンソーテンの新世代サウンドシステムが、トヨタ自動車の新型「クラウン」に採用された。スピーカー周辺のボディーや内装形状を最適化することで、スピーカー駆動時の不要振動を低減している。 - 航空機や自動車の騒音を低減する、高速で正確な音響解析ソフトウェア
エムエスシーソフトウェアは、音響解析ソフトウェア「Actran 2020」をリリースした。高速で正確な音響解析が可能になるため、航空機や自動車のメーカーは、騒音を低減し、乗員の快適性を向上する製品を開発できる。 - 3D解析が可能な音響解析ソフトウェアを活用し、排気系騒音の解析フローを確立
ユタカ技研が、エムエスシーソフトウェアの音響解析ソフトウェア「Actran」を用いて、排気系騒音を予測可能な手法を開発した。総合的な音響解析が可能になり、排気音・放射音を高精度に解析するシステムの構築に成功した。 - 三菱自動車が取り組んだ床下空力騒音解析、“弱点”を解決した道筋
ダッソー・システムズは、オンラインイベント「3DEXPERIENCE CONFERENCE JAPAN 2020 ONLINE」を開催。その中でカテゴリーセッションとして、三菱自動車工業 第一車両技術開発本部 機能実験部 空力技術開発の奥津泰彦氏が登壇し「PowerFLOWとwave6を活用した自動車床下空力騒音の伝達メカニズム解明」をテーマに、床下空力騒音解析の数値計算手法と計算結果などを紹介した。