スマホ時代にカメラの未来を作り出せ、キヤノンが「PowerShot V10」にかけた思い:小寺信良が見た革新製品の舞台裏(27)(5/5 ページ)
2023年6月22日に発売した「PowerShot V10」でVlogカメラ市場に参入を果たしたキヤノン。しかし、そのスペックや価格設定を見ると、他社とは異なる着眼点があるように感じられる。PowerShot V10の開発者たちに、コンセプトや仕様について疑問をぶつけてみた。
若い世代の「ファーストキヤノン」に
――先日記事で拝見したんですけど、学生とのコラボ企画で、中学生や高校生がPowerShot V10のマーケティングに挑戦する企画、これはもう結果が出たんでしょうか。
大辻氏 こちらの方はですね、「探究ラボ キヤノン"PowerShot V10"プロジェクト」というものなんですけども、7月の22日、来週の土曜日に最終報告会があります(※)。
※取材日は7月13日。
――なるほど。これはすごくいい企画だと思っていて、現時点で手応えなどはいかがでしょうか。
大辻氏 先日中間報告が終わったところなんですが、端的に言うと、2つ、効果がありました。
1つは学生のような若い世代の方々が、この商品に関して「自分ごと化」して、どうすれば売れるのかということを考えてくださっているので、大人では考えつかないような、柔軟な発想に基づくアイデアがいっぱい出てきていることです。
例えば「デートはV10だよね」みたいなことを言ってくれる高校生の方々がいらっしゃって。デート中にスマートフォンを見ていると、なんかデートに集中してないように見えてしまいます。でもPowerShot V10を使ってくれていると、デートを思い出として残そうとしてくれているんだという理解が得られるのではないか、ということです。
もう1つが、「ファーストキヤノン」というキーワードです。キヤノンが「カメラ」のメーカーだと知らない若い世代が増えているのでは、という危機感が私たちにはあります。例えば「写真を撮る」というのは、昔はカメラを構えてシャッターを押すポーズで表現していましたが、今ではスマートフォンを押すようなしぐさに変わっています。
確かにPowerShot V10は高校生が自分のお小遣いで買えるような価格帯ではありません。それでもすごく欲しいと言っていただけた学校から発注をいただくケースもあります。私たちはユーザーが初めて持つキヤノン製品のことを「ファーストキヤノン」って呼んでいるんですけども、PowerShot V10はこのファーストキヤノンを生み出すことにもつながりそうだと思っています。
――なるほどね。そういう意味では、結構野心的な商品になりましたね。
大辻氏 やはり新しい形の商品を世の中に出すのは、さまざまな効果を得ながら進めて行くべきことだと思いますので。大きく言えば、世の中を変えていけるような商品になれば良いと思って、商品を送り出しております。
――いわゆるVlogというムーブメントの中でいろんなメーカーさんが商品を企画されていますけど、貴社としてはこのムーブメントの行く末っていうものを、どう見ていらっしゃるんですか。
大辻氏 そうですね。Vlogというその言葉自体はそれぞれの国によって強弱が変わってきますので、はやり廃りというのは出てくると思っております。一方で、自分自身や身の回りのテーマを動画で撮って、それを人に発信して何かを伝える。その何かを伝えた後にまた何かを起こしていくことは、今後数も増えていくと思います。Vlogという言葉でなくても、ビデオを通して人に何かを発信するムーブメントは、継続的に拡大すると考えております。
かつてカメラは、写真撮影はデジタルカメラ、動画撮影はビデオカメラとすみ分けがなされており、設計自体もかなり違っていた。そのデジタルカメラで「動画も撮れたらすごい」という流れを生んだのは、2008年発売のキヤノン「EOS 5D Mark II」であり、そのインパクトが今に至るまでの15年間、ずっと続いてきたといえる。
一方でインターネットの高速/大容量化に伴い、これまでテキストと写真がメインであったコミュニケーションが、急速に動画へシフトしてきている。コンパクトな動画専用機としてはアクションカメラがすでにあるが、アクションではない、音声中心の動画への需要を満たすのは難しい。
何でもできるスマートフォンの存在が、逆にスマートフォンでできる範囲でしか表現できないという壁を作り始めているのも事実だ。これまでデジタルカメラ市場はスマートフォンによって侵食されてきたが、スマートフォンが成長限界に達しつつある今、再び機能分散が起こるのか。
PowerShot V10は、そうした市場再編の足掛かりともなるように思える。
筆者紹介
小寺信良(こでら のぶよし)
映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手掛けたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。
Twitterアカウントは@Nob_Kodera
近著:「USTREAMがメディアを変える」(ちくま新書)
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