重要なのは初動対応、コンプライアンス違反という「有事」対策の進め方:複雑化した工場リスクに対する課題と処方箋(3)(2/2 ページ)
これまで製造現場のコンプライアンス違反といえば、品質にかかわる不正や不祥事がメインでした。しかし近年、ESG経営やSDGsの広まりから、品質以外の分野でも高度なコンプライアンス要求が生じています。本連載ではコンプライアンスの高度化/複雑化を踏まえ、製造現場が順守すべき事柄を概観します。
(3)情報開示の要否判断
具体的には、どのようなときにステークホルダーに情報開示をすべきなのでしょうか。ステークホルダー対応にあたっての、公に情報開示すべきかの判断のポイントや、情報開示対象の検討および情報開示のポイントを説明します。
公に情報開示すべきかどうかのポイントの代表的なものは、(a)日本取引所グループが定める「適時開示が求められる会社情報(以下「適時開示情報」という)」に該当した場合、(b)被害が不特定多数にわたり個々の説明が困難な場合、(c)違反時に開示が求められる法令への違反に該当した場合などが挙げられます。例えば、個人情報保護法を例に挙げると、違反時には個人情報保護委員会への報告義務が発生しますので、情報開示しなければならない、ということになります。
(4)ステークホルダーの整理
情報開示にあたっては、情報開示すべきステークホルダーが誰かを検討する必要があります。法令、契約、適時開示情報への該当性、消費者や地域住民への影響度などが検討の基準になります。法令で政府当局への報告義務が定められている場合はその対応は当然の義務であり、契約違反の場合には契約の相手方に報告することが求められます。適時開示情報に該当する場合には、投資家への説明責任を果たす必要があります。
そして消費者や地域住民への影響、例えば生命/身体に与える危険が想定される場合には、こういったステークホルダーにも説明が行き届く手段で情報開示をしなければなりません。対象のステークホルダーを検討する場合には、図2のステークホルダーマップを活用することも一助となります。
(5)ステークホルダー対応で必須のツール
情報開示にあたってはポジションペーパーの作成が要点となります。ポジションペーパーとは、事案にかかる企業としての立場を明確にする文書のことで、整合性・一貫性のある顧客説明や公表対応(対外的な調査報告書/想定問答集など)の基礎資料となります。なお、ポジションペーパーは、更新を前提としており、不正/不祥事の被害状況の進捗や、内部調査や第三者委員会による調査などの進展、再発防止策の立案/実行の進展などの動きに変化があった場合には、その都度見直す必要があります。
加えて、ポジションペーパーは、取引先から自社の複数人の営業担当社員が説明を求められた場合などにおいて、社員の主観や誤った認識による説明を防ぐ重要な役割も果たします。
まとめ
今回は、不正/不祥事が発生した際の「対応」に関して、全体概要およびステークホルダー対応を中心に解説しました。有事対応においては、限られた時間の中で、多くのタスクを迅速かつ的確に、同時並行的に実施していくことが求められます。その際に、本稿で解説した有効なPMOの設置やリソースの客観的把握/外部専門家の活用、ステークホルダー対応の全体俯瞰が肝要となります。
次回は、有事対応において、本稿で取り上げた事案収束に向けた取り組みに並ぶもう1つの柱である「再発防止策」について解説します。
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筆者紹介
水戸貴之(みと たかゆき)/アソシエイトパートナー
法曹団体を経て現職。品質コンプライアンス対応支援、グローバル法務・コンプライアンス組織/制度の策定・運用・高度化・モニタリング対応支援、海外子会社管理支援等に従事する。法務・コンプライアンス対応に関する執筆・講演実績多数。
馬場 智紹(ばば ともつぐ)/シニアマネジャー
事業会社や他コンサルティングファームを経てKPMGコンサルティング株式会社に参画。複数の不正調査案件や事業再生案件の他、調査後の再発防止計画の立案・実行支援の中での各種当局対応支援の経験を有する。
荒尾宗明(あらお むねあき)/マネジャー
中央官庁において、規制法の制度設計・運用や不正対応等を経験し、2022年にKPMGコンサルティングへ参画。グローバルでの法務・コンプライアンス、地政学リスクマネジメントなど各種リスクコンサルティング業務を担当。
中野成崇(なかの みちたか)/シニアコンサルタント
商社を経てKPMGコンサルティングに参画。製造業向けコンプライアンス研修の企画実行支援、海外労働法令の順守支援、製造現場や工場におけるコンプライアンス支援、独占禁止法や下請法等の競争法への順守対応支援等の法務コンプライアンス領域の支援業務に従事。
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