FFTアナライザを使いこなそう!:CAEと計測技術を使った振動・騒音対策(6)(4/5 ページ)
“解析専任者に連絡する前に、設計者がやるべきこと”を主眼に、CAEと計測技術を用いた振動・騒音対策の考え方やその手順を解説する連載。連載第6回では、「FFTアナライザ」を使うに当たって最低限知っておくべき内容を取り上げる。
エイリアシング(aliasing:折り返し)
6000[Hz]の騒音があったとしましょう。それをサンプリング周波数8820[Hz]で測定し、周波数分析した結果を図16に示します。「えっ、2820[Hz]となっている。こりゃまずいぞ!!」という感じで困った状況になります。
連載第5回の「サンプリング定理」で説明したように、サンプリング周波数8820[Hz]では4410[Hz]以上の信号の周波数分析ができません。サンプリング点が1周期の間に2点以上ないのです。図17右図にサンプリングピッチが粗い場合のデータ取得状態を示します。黒色のカーブの信号なのにサンプリング点が粗いため、赤色の鎖線の信号を観測したときと同じデータが取得されています。つまり、低い周波数の信号としてデータがサンプリングされてしまいます。
観測される周波数は次式となり、それは図18のような関係になります。周波数分析できる上限周波数を中心線として周波数成分が折り返されています。この現象は「エイリアシング(aliasing)」といわれています。「Nyquist周波数」の壁を乗り越えてきた侵入者のようで、宇宙から来たエイリアンと同じ語源です。
エイリアシングは、アナログ信号をデジタル信号に変換するときに生じる現象で、変換後のデジタル信号をどのように加工してもなくすことはできません。アナログ回路のローパスフィルターを用意して、アナログ信号のNyquist周波数よりも高い周波数成分を減衰させる必要があります。
昔のFFTアナライザには、図19に示したアナログ回路のローパスフィルターが内蔵されており、分析したい周波数帯域によって使うローパスフィルターを変えています。少々複雑で高価な回路です。FFTアナライザを購入されるときは、このローパスフィルターないしは、これと同等のデジタルフィルターが内蔵されている機種かどうかを確認する必要があります。
ノートPCの内蔵マイクで録音し、連載第5回で配布したマクロ付きExcelファイルで周波数分析するときは、エイリアシングに注意する必要があります。
ノートPCの内蔵マイクにはローパスフィルターは内蔵されていませんが、20000[Hz]以上の信号はおそらくきっちりカットオフされていると思いますので、“20000[Hz]以上の信号はない”と考えられます。
ポケットレコーダーの場合は、44100[Hz]でサンプリングして周波数分析します。そして、4000[Hz]以上の周波数成分があるかないかを確認し、4000[Hz]以上の周波数成分が無視できるほど小さければ、Excelマクロでリサンプリングした8820[Hz]のデータを周波数分析します。それ以外の場合はリサンプリング周波数を変えます。
ポケットレコーダーを用いる場合、44100[Hz]でサンプリングすることは必須です。万一、11025[Hz]でサンプリングしてしまうと、5512[Hz]以上の周波数成分が折り返し成分なのか、あるいは元データに含まれているのか、どうやっても見分けることはできません。
図20左図は6000[Hz]の音を44100[Hz]でサンプリングして、サンプリングデータを周波数分析したもので、振幅15000[-]で6000[Hz]の周波数成分が観測されています。図20右図はExcelマクロでリサンプリングした8820[Hz]のデータを周波数分析したもので、エイリアシングが発生しています。しかし、振幅が6000[-]と約3分の1に減衰されています。Excelマクロでのリサンプリングは単なる平均値の計算なのですが、ちょっとしたローパスフィルター機能があるようです。
配布したマクロ付きExcelファイルで周波数分析される方もいると思いますが、騒音と振動を取り扱う場合はエイリアシングを心配する必要はほとんどありません。
騒音の場合、普通騒音計の周波数範囲は4000[Hz]であって、普通騒音計のマイクを使ったアナログデータには4000[Hz]以上の成分は含まれていません。この結果、8820[Hz]でサンプリングした周波数分析結果には、エイリアシング成分は含まれていないはずです。騒音計の仕様を確認しておいてください。
精密騒音計の周波数範囲は8000[Hz]となりますが、例えば、ガンガンとうるさい職場の騒音対策に精密騒音計を使う必要はないでしょう。
加速度ピックアップによる振動加速度の周波数分析も同様です。通常、加速度信号はアナログのアンプ回路で増幅されます。筆者のような素人や新入社員が作ったアンプ回路は、電源を入れた瞬間に作った回路がアンプから発振器に変身します。信号を増幅するのではなく発振するのですね。対症療法として、そこら中にコンデンサーを入れるのですが、このような事態を避けるためにプロの回路設計者は余計な高周波信号が増幅されないように回路を作ります。つまり、高周波信号を増幅しないアンプとなります。これはローパスフィルターとして機能します。
加速度ピックアップとそれ用のアンプの仕様を確認すると、大抵は数kHzが測定可能な周波数の上限です。つまり、数kHz以上のアナログ信号は含まれていないことになります。以上のことから、普通騒音計や加速度ピックアップを使う場合に限っては、エイリアシングの心配はなさそうです。
周波数分析とFFTアナライザの説明はここまで
周波数分析とFFTアナライザについて、これまで3回にわたって説明してきました。その第1の理由は、騒音と振動対策の立案では横軸を周波数とすることが常とう手段であり、FFTアナライザの使用が必須となるためです。
第2の理由は、FFTの横軸は周波数で、この値は信用できるのですが、縦軸の振幅は測定条件によってコロコロ変わるので、振動や騒音対策をした後、FFTアナライザの縦軸の値を見て一喜一憂しない方がよい……というか、一喜一憂したいのならば、相当の予備知識が必要であることを述べたかったためです。
これまでの解説が、FFTアナライザを使いこなすための参考になれば幸いです。もし、「今までオイラが長年蓄積してきた周波数分析データは信用ならないのか……」と心配する方がいたら申し訳ないことを書いてしまいました。
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