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M&A予定のスタートアップにおける知的財産権の侵害リスク、どう評価すべきかスタートアップとオープンイノベーション〜契約成功の秘訣〜(15)(4/4 ページ)

本連載では大手企業とスタートアップのオープンイノベーションを数多く支援してきた弁護士が、スタートアップとのオープンイノベーションにおける取り組み方のポイントを紹介する。第15回も前回に引き続き、知財デューデリジェンス(DD)における留意点の解説を行う。

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「応用美術」の権利は

 著作権については、いわゆる一品制作の美術工芸品ではない、実用品、量産品がいわゆる応用美術として「美術の著作物」(著作権法2条2項)として保護されうるか否かも問題となります。これについては、多くの裁判例があるものの、応用美術の概念自体が明確なものではないこともあり、確立した裁判例があるとは言い難い状況です。従前の下級審裁判例においては、意匠法などの法領域との抵触可能性を考慮しつつ、応用美術について「純粋美術と同視しうる鑑賞性」などを備えたもののみを著作物として保護するという解釈論を採ってきました。

 しかし、近時の裁判例(知財高判平成27年4月14日判時2267号91頁【TRIP TRAPP事件】)は、かかる従前の解釈論を明示的に否定して、他の表現物と同様の創作性判断をすれば足りると判断しました。もっとも、同事件は、結論として類似していないとして著作権侵害を否定していることに加えて、その後の裁判例はTRIP TRAPP事件に依拠していないものも多くあります※17

※17:例えば、知財高判平成30年6月7日平成30年(ネ)10009号(糸半田供給機)、知財高判平成28年10月13日パテント70巻12号44頁(幼児用箸)、東京地判平成28年4月21日判時2340号104頁(ゴルフクラブのシャフトデザイン等)など。

 自社商品に先行する商品が応用美術として保護される可能性については、基本的には「ファービー事件」(仙台高判平成14年7月9日判時1813号145頁【ファービー事件(刑事事件)】※18)における裁判例などの厳格な基準を参考にできると考えられます。また、仮に対象商品の形態について創作性が認められた場合、自社の商品と対象商品が類似しているかが問題となります。

※18:なお、「ファービー」のデザイン形態については、米国の玩具の製造販売会社であるタイガー・エレクトロニクス・リミテッド社が、米国著作権庁に著作権登録をしており、また、日本でも意匠登録がなされていた。

 この点について、上述のTRIP TRAPP事件の判示では、応用美術の表現には実用目的などにかなう機能を発揮しうる範囲内のものでなければならないという制約があります。具体的には「作成者の個性が発揮される選択の幅が限定され…、創作性を備えているものとして著作物性を認められる余地が…他の表現物に比して狭く、また、著作物性を認められても、その著作権保護の範囲は、比較的狭いものにとどまる」とされています。対象商品によっては、対象商品の目的を達成する上で、作成者の個性が発揮される選択の幅はほとんどないケースもあり得るでしょう。そのため、自社商品と対象商品とにおいて外観上共通点を有していたとしても、かかる共通点は、創作性がない部分にすぎず、創作性のある部分においては類似していないという主張も存在します。

 従って、一般的には、商品デザインについての著作権侵害になるリスクは相対的に低くなるものと思われます。リソースの限られたスタートアップがこの点の侵害調査を行っていないことを過度にリスク項目として評価すべきではないでしょう。

 また、営業秘密について、特に初期から中期のフェーズにおいて、限られた人員で成長を目指すスタートアップとしては、新卒採用よりも即戦略となりうる中途採用に積極的であるところ、中途採用の場合には、当該採用者が前職の営業秘密を不正に持ち込んでくるリスクがあります。そのため、かかるリスクへの対応策※19がとられているかが重要です。例えば、以下のような条項を含んだ誓約書を採用の際に従業員と交わしているかが問題となり得ます。

第●条(第三者の秘密情報)

1.第三者の秘密情報を含んだ媒体(文書、図画、写真、USBメモリ、DVD、HDDその他情報を記載又は記録するものをいう。)を一切保有しておらず、また今後も保有しないことを約束いたします。

2.貴社の業務に従事するにあたり、第三者が保有するあらゆる秘密情報を、当該第三者の事前の書面による承諾なくして貴社に開示し、又は使用もしくは出願(以下「使用等」という。)させない、貴社が使用等するように仕向けない、又は貴社が使用等していると見なされるような行為を貴社にとらせないことを約束いたします。

第●条(第三者に対する守秘義務等の順守)

 貴社に入社する前に第三者に対して守秘義務又は競業避止義務を負っている場合は、必要な都度その旨を上司に報告し、当該守秘義務及び競業避止義務を守ることを約束いたします。

※19:採用候補者の前職の営業秘密の不正流用のリスクの他、採用候補者が前職との関係で負う競業避止義務の有無や内容についても確認する必要がある。これらの各懸念を一掃するため、新規の従業員を雇用する際には、上記ひな型の4条、5条に規定されているような事項を事前に確認し、同条のような規定を盛り込んだ誓約書を締結しておくべきであろう。

終わりに

 今回は、事業会社によるスタートアップのM&Aの留意点のうち、特に知財DDにおける留意点についてご紹介しました。次回は知財DDに関して、特に職務発明に関する問題点をご紹介いたします。

 ご質問やご意見などあれば、下記欄に記載したTwitterFacebookのいずれかよりお気軽にご連絡ください。また、本連載の理解を助ける書籍として、拙著『オープンイノベーションの知財・法務』、スタートアップの皆さまは、拙著『スタートアップの知財戦略』もご活用ください。

⇒連載「スタートアップとオープンイノベーション〜契約成功の秘訣〜」バックナンバー

筆者プロフィール

山本 飛翔(やまもと つばさ)

【略歴】

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2014年 東京大学大学院法学政治学研究科法曹養成専攻修了
2016年 中村合同特許法律事務所入所
2019年 特許庁・経済産業省「オープンイノベーションを促進するための支援人材育成及び契約ガイドラインに関する調査研究」WG(2020年より事務局筆頭弁護士)(現任)/神奈川県アクセラレーションプログラム「KSAP」メンター(現任)
2020年 「スタートアップの知財戦略」出版(単著)/特許庁主催「第1回IP BASE AWARD」知財専門家部門奨励賞受賞

/経済産業省「大学と研究開発型ベンチャーの連携促進のための手引き」アドバイザー/スタートアップ支援協会顧問就任(現任)/愛知県オープンイノベーションアクセラレーションプログラム講師
2021年 ストックマーク株式会社社外監査役就任(現任)

【主な著書・論文】

「スタートアップ企業との協業における契約交渉」(レクシスネクシス・ジャパン、2018年)
『スタートアップの知財戦略』(単著)(勁草書房、2020年)
「オープンイノベーション契約の実務ポイント(前・後編)」(中央経済社、2020年)
「公取委・経産省公表の『指針』を踏まえたスタートアップとの事業連携における各種契約上の留意事項」(中央経済社、2021年)
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スタートアップの皆さまは拙著『スタートアップの知財戦略』もぜひご参考にしてみてください。


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