取締役の指名権はどうする? CVCとスタートアップの株主間契約時の注意点:スタートアップとオープンイノベーション〜契約成功の秘訣〜(12)(3/3 ページ)
本連載では大手企業とスタートアップのオープンイノベーションを数多く支援してきた弁護士が、スタートアップとのオープンイノベーションにおける取り組み方のポイントを紹介する。第12回はスタートアップへの投資を行う際の、株主間契約の主たる注意点を紹介する。
情報開示義務の課し方
会社法上、株主には幾つかの計算書類について閲覧請求する権利が付与されており(会計帳簿閲覧権。ただし、持ち株比率が3%以上の場合。会社法433条、同442条参照)、年次の財務情報は株主総会における承認が必要となっています(会社法438条1項)。しかし、スタートアップの投資家として知りたい情報が、これらの権利で網羅されているかは疑問が残ります。
そこで通常、株主間契約において、財務に関する一定の情報を提供する義務をスタートアップに課します。例えば予算や四半期、月次の財務情報について提出を義務付けるなどです。ただし、どの頻度で情報開示義務を課すかは、当該スタートアップのステージやリソース、ビジネスモデルによって変わるでしょう。
スタートアップに過度な負担をかけた情報開示義務を課すと、情報開示に伴う資料作成のために、本業に割くリソースが奪われる本末転倒な事態に陥りかねません。他方で、財務情報の開示義務を課すことは、スタートアップに対して予実管理などを行う契機を与えるという意味合いもあります。過度に義務を軽減すればよいという話でもなく、現実的に折り合いをつけるポイントを協議の上、慎重に見定める必要があります。
なお、スタートアップとしてはCVCから出資を受ける場合、いかなる情報を提供するかについては、慎重に検討しなければなりません。CVCはスタートアップに関する情報を求めて出資している可能性があるためです。上述の財務情報などは投資家に対する情報提供として適当だと考えられますが、安易に重要な営業秘密に関わる情報を守秘義務なしに開示することがないよう、留意すべきです。
創業者関係〜退任・競業の制限〜
特に初期のスタートアップは創業者への人的依存度が高い状態です。そのため、創業者の動向は投資家にとっても非常に強い関心事となります。創業者が退職したり、出資先とは別の会社を設立したり、競合他社に役員や社員として加入すると、出資先のスタートアップの競争力が著しく減少する、出資金が事実上競合会社に流れてしまうといったリスクが存在します。
そのため、創業者など特定のキーパーソンについては幾つかの行動に制限をかけることがあります。創業者が経営者の地位をしりぞく際には創業者が保有する株式を投資家や後任の経営陣などに売却させる※13、一定期間、同種の事業に関する競業避止義務を課す※14など、退職や競業を防ぐプレッシャーをかける対策があり得ます。
※13:創業者らの退任までの会社への貢献度を考慮し、退任の時期に応じて手放す株式の数を変動させることもある。
※14:過度に広汎な競業避止義務を課すと、事業に失敗した際、創業者の再起を事実上不可能としかねない。年数や業界などの範囲の設定は慎重に検討されたい。
経営株主に株式譲渡制限を設ける
創業者が自身の保有する株式を第三者に売却してしまうと、EXITの際に得られるリターンが減少してしまい、事業へのモチベーションが低下するおそれがあります。そのため、投資家による事前承諾のない創業者による第三者への株式譲渡を禁止することがあります※15。ただし、創業者らは株式を自由に処分できないことに難色を示す場合も少なくありません。禁止期間を一定期間とすることや、創業者がIPOよりもM&Aを希望している場合、創業者による株式売却の余地を残すために、創業者の株式譲渡の禁止に代わり、投資家に先買権や共同売却権を付与するといった折衷案も考えられます。
※15:なお、スタートアップが発行する株式は譲渡制限付株式であることが一般的だが、会社法上の譲渡制限のみでは、株主は譲渡承認が得られない場合でも、会社、または会社が指定する者がその株式を買い取るよう請求できる(会社法136条、会社法140条)。従って、創業者らが株式を譲渡すること自体を完全に禁止できない。
先買権とは、創業者らが第三者に株式を譲渡しようとする場合に、投資家が希望すれば、認渡しようとしている株式を投資家が自ら買い受けることができる権利です。投資家は、創業者等が第三者に自己の保有する株式を譲渡しようとする場合に、自ら当該株式を買い取るか、自らは買い取らず第三者へ譲渡させるかを選択できることとなり、創業者等から見れば、いずれにせよ自己の保有する株式を売却する機会が得られることとなります※16。
※16:投資家が第三者に株式を譲渡する場合、投資家間の先買権が設定されることもある(望ましくない者が投資家株主になることを避けるため)。
具体的な手続きとしては、創業者らは、第三者に株式を譲渡しようとする場合、譲渡に先立ち、その譲渡先や条件を事前に投資家に通知し、投資家が、一定の期間内に創業者に対して当該条件で株式を買い取る旨を通知します。当該株式を自ら買い受けることができることとなります※17。
※17:なお、複数の投資家に先買権を行使した場合には、その投資家の持株比率に応じた案分処理がなされるよう規定することが一般的である(小川周哉=竹内信記=荒井悦久『スタートアップ投資ガイドブック』(日経BP、2019年)215頁)。
共同売却権とは、創業者等が第三者に保有株式を譲渡しようとする場合に、投資家がその持株比率に応じて、譲渡希望株主と共同してその保有株式を当該第三者に譲渡する権利で、株主に投資回収の機会を平等に与えるものです※18。上述の先買権に加えて共同売却権を定めることで、投資家は創業者らが第三者に株式を売却しようとする場合、以下の選択肢を取り得ます。
※18:投資家が第三者に株式を譲渡しようとする場合の共同売却権が設定されることもあるが、これは一部の投資家が得たエグジットの機会を他の投資家にも享受させるという意味合いが強い。先買権と異なり、売却機会を得た投資家が結果的に意図したエグジットを実現できなくなるおそれがあるため、あまり導入されていないようだ(小川周哉=竹内信記=荒井悦久『スタートアップ投資ガイドブック』(日経BP、2019年)217頁)。
(1)先買権を行使して自ら株式を買い取る
(2)共同売却権を行使して、自らの株式も併せて当該第三者へ売却させる
(3)創業者等の第三者に対する株式の譲渡をそのまま認める
共同売却権を行使する際の具体的な手続きとしては、先買権のように、ある株主(譲渡希望株主)が第三者に株式を譲渡しようとする場合、譲渡に先立ち、その譲渡先や条件を事前に投資家に通知し、投資家が一定期間内に譲渡希望株主に対して当該条件での共同売却を希望する旨を通知します。これにより、譲渡希望株主が自らの保有株式などとあわせて当該株式を第三者に譲渡することとなります。
終わりに
今回は、事業会社によるスタートアップへの投資に際しての株主間契約の留意点の前半部分についてご紹介しました。次回からは、事業会社によるスタートアップへの投資に際しての株主間契約の留意点の後半部分をご紹介いたします。
ご質問やご意見などあれば、下記欄に記載したTwitter、Facebookのいずれかよりお気軽にご連絡ください。また、本連載の理解を助ける書籍として、拙著『オープンイノベーションの知財・法務』、スタートアップの皆さまは、拙著『スタートアップの知財戦略』もご活用ください。
⇒前回(第11回)はこちら
⇒連載「スタートアップとオープンイノベーション〜契約成功の秘訣〜」バックナンバー
筆者プロフィール
山本 飛翔(やまもと つばさ)
【略歴】
2014年 東京大学大学院法学政治学研究科法曹養成専攻修了
2016年 中村合同特許法律事務所入所
2019年 特許庁・経済産業省「オープンイノベーションを促進するための支援人材育成及び契約ガイドラインに関する調査研究」WG(2020年より事務局筆頭弁護士)(現任)/神奈川県アクセラレーションプログラム「KSAP」メンター(現任)
2020年 「スタートアップの知財戦略」出版(単著)/特許庁主催「第1回IP BASE AWARD」知財専門家部門奨励賞受賞
/経済産業省「大学と研究開発型ベンチャーの連携促進のための手引き」アドバイザー/スタートアップ支援協会顧問就任(現任)/愛知県オープンイノベーションアクセラレーションプログラム講師
2021年 ストックマーク株式会社社外監査役就任(現任)
【主な著書・論文】
「スタートアップ企業との協業における契約交渉」(レクシスネクシス・ジャパン、2018年)
『スタートアップの知財戦略』(単著)(勁草書房、2020年)
「オープンイノベーション契約の実務ポイント(前・後編)」(中央経済社、2020年)
「公取委・経産省公表の『指針』を踏まえたスタートアップとの事業連携における各種契約上の留意事項」(中央経済社、2021年)
ご質問やご意見などございましたら、以下のいずれかよりお気軽にご連絡ください。
Twitter/Facebook
スタートアップの皆さまは拙著『スタートアップの知財戦略』もぜひご参考にしてみてください。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- ≫「スタートアップとオープンイノベーション〜契約成功の秘訣〜」バックナンバーはこちら
- ≫前回連載の「弁護士が解説!知財戦略のイロハ」バックナンバーはこちら
- 知財活動を社員に「わがこと化」してもらうための組織づくり
貧困解決を目指すFinTechサービスを支える技術(IoTデバイスとプラットフォーム)を保有し、知財ポートフォリオ形成による参入障壁構築を進めるGlobal Mobility Service。同社の知財戦略と知財活動からビジネス保護に使える知見を紹介する。第2回では知財活動を社員に身近に感じてもらうための組織作りの考え方を取り上げる。 - 「学習用データセット」は共同研究開発の成果物に入りますか?
本連載では大手企業とスタートアップのオープンイノベーションを数多く支援してきた弁護士が、スタートアップとのオープンイノベーションにおける取り組み方のポイントを紹介する。第6回は前回に引き続き、共同研究開発契約をテーマに留意点を解説していく。 - スタートアップとのオープンイノベーションで生じる“搾取的関係”の問題点
本連載では大手企業とスタートアップのオープンイノベーションを数多く支援してきた弁護士が、スタートアップとのオープンイノベーションにおける取り組み方のポイントを紹介する。第1回は現在スタートアップと大企業間のオープンイノベーションで生じ得る「搾取的関係」の問題点を解説する。 - モノづくり企業が知財戦略に取り組む意味とは?
モノづくり企業の財産である独自技術を保護しつつ、技術を盛り込んだ製品、サービスの市場への影響力を高めるために重要となるのが知的財産(知財)だ。本連載では知財専門家である弁護士が、知財活用を前提とした経営戦略の構築を図るモノづくり企業に向けて、選ぶべき知財戦略を基礎から解説する。