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TSNを構成する「時刻同期」と「時分割」とはいまさら聞けないTSN(後編)(1/2 ページ)

産業用ネットワークで今大きな注目を集めているのが「TSN」という規格です。本稿では前後編に分けて「TSN」とは何かについて紹介しています。後編ではTSNを構成する規格とその機能について紹介します。

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 産業用ネットワークで「TSN」への注目が高まっています。本稿では産業分野におけるTSNについて、前後編で紹介しています。前編「TSNがなぜ産業用ネットワークで注目されているのか」では、TSNがなぜ産業用ネットワークの分野で注目されているのかについて、産業用ネットワークの変遷やそれに伴う現状の課題、TSNがもたらすメリットなどを解説しました。後編となる本稿では、TSNの規格とその機能について紹介していきます。

TSNを構成する規格群には何があるのか

 前編でも紹介したように、TSNとは「Time-Sensitive Networking」の略称で、イーサネット上で定時性を有した通信を実現するための、IEEEによって策定されている一連の規格群の総称です。「規格群」とあるように、TSNは複数の規格から構成されおり、策定中のものも含めると、その数は数十に上ります。

 これらの規格はそれぞれの機能に応じて「Synchronization(同期)」「Latency(遅延)」「Reliability(信頼性)」「Resource Management(リソース管理)」という4つのカテゴリーに分類されています。では、これらの規格を全て実装しなければTSNの機能が利用できないのかといえばそうではありません。それぞれの産業分野やアプリケーションに応じて、必要な機能を選択・実装するというのが基本的な考え方となります。

 ただし、TSNの機能を実現するためにキーとなる規格ももちろん存在します。2022年3月時点でリリースされているTSN対応機器の多くもこの規格をサポートすることでTSN対応だとしています。それが今回紹介する時刻同期方式を定義したIEEE 802.1ASと、時分割方式を定義したIEEE 802.1Qbvです(※)

(※)詳細はIEEE 802.1のTSN Task Groupのページからご確認いただけます。(https://1.IEEE 802.org/tsn/

精密な時刻同期を可能にするIEEE 802.1AS

 TSNのキーとなる規格の一つとして挙げられるのが、時刻同期方式を定義するIEEE 802.1ASです。この規格を説明するためには、いくつか前提事項を整理する必要があります。

 1つ目は、PTP(Precision Time Protocol)との関係性についてです。IEEE 802.1ASはgPTP(Generalized Precision Time Protocol)と呼称されています。その理由は、IEEE 802.1AS が、IEEE 1588で定義されている時刻同期プロトコルであるPTPのプロファイルとして定義されているためです。簡単にいえば、IEEE 802.1ASはPTPの中で「どの機能やオプションを利用するか」を定めたものであるということです。

 2つ目は、IEEE 802.1ASのバージョンについてです。IEEE 802.1ASには2011と2020の2つのバージョンが存在しており、IEEE 802.1AS-2011がIEEE 1588-2008に、IEEE 802.1AS-2020がIEEE 1588-2019に、それぞれひも付いています。IEEE 802.1AS-2020ではIEEE 802.1AS-2011からいくつかの点で機能がアップデートされていますが、2020年発行ということでまだ実際の機器に実装されているケースは多くありません。そのため、本稿では以降IEEE 802.1AS-2011について述べていきます。

 さて、前置きが長くなりましたが、先に述べたようにIEEE 802.1ASはTSNの規格の内、時刻同期方式について定義しています。IEEE 802.1AS-2011においては、以下のようなパフォーマンスやオプションの利用を定義しています。

  • 1マイクロ秒(100万分の1秒)以下の時刻同期精度
  • レイヤー2(※)のPTPメッセージの使用
  • Peer-to-peerメカニズムの使用
  • 2ステップクロック(FOLLOW_UPメッセージ)の使用
  • gPTPドメインの使用は1つのみ
  • BMCA(Best Master Clock Algorithm)の使用

(※)OSI参照モデルのレイヤー2。OSI参照モデルはISOによって策定されたコンピュータネットワークにおけるそれぞれの役割の明確化と分類を示したモデルで、物理層、データリンク層、ネットワーク層、トランスポート層、セッション層、プレゼンテーション層、アプリケーション層の7つの階層に分けられている。レイヤー2はデータリンク層を指す。

 TSN対応機器は、時刻同期プロトコルとしてPTPを実装し、IEEE 802.1AS-2011に定義されたオプションに対応することで、イーサネット上の他の機器と1マイクロ秒レベルの時刻同期精度を実現し、互いに現在の正確な時刻を認識し合いながら通信するための土台が形成されるということになります。

 IEEE 802.1ASのベースとなるPTPでは、Peer-to-peerメカニズム以外にEnd-to-endメカニズムが選択できたり、レイヤー3のPTPメッセージが使用できたりするなど、より多彩なオプションの使用が可能です。IEEE 802.1ASではこれらのオプションを制限することで、TSN対応機器間におけるPTP時刻同期の互換性を担保しているというわけです。一方で、先に触れたアップデート版のIEEE 802.1AS-2020では、複数のクロックドメインの利用や1ステップクロックといったオプションが拡張されています。同じIEEE 802.1ASでもバージョンによって対応機能は異なるため、ユーザーは機器選定にあたっては求めている要件を満たせるのか注意する必要があります。

 また、先にIEEE 802.1ASはPTPのプロファイルであると述べましたが、産業オートメーション向けのIEC/IEEE 60802や車載向けのP802.1DGのように、産業分野ごとにTSNプロファイルを分割しようとする動きもあります。それぞれの産業分野で時刻同期に求められる要件やパフォーマンスは異なるため、さらにプロファイルを特化して最適化させようというわけです。

 ところで、IEEE 802.1ASはスマートファクトリーにおけるデータ分析の助けになることが注目されています。工場のさまざまな機器からデータを集め、分析を行うためには、機器の時刻が同一であることが必要になります。複数のプロトコルで1つの制御システムを制御する場合、それぞれのプロトコルで時刻の参照元が異なると、それぞれを時刻を合わせた形で比較することができなくなり、統合的なデータ分析は難しくなります。

 例えば、何か障害が発生した際、各プロトコルの機器のログを追跡したとしても、それらの時刻がずれていれば、ある機器における作業の対象となるワークが、別の機器でどの時刻に作業されたワークなのかが分からなくなるためです。しかし、これらのプロトコルの機器が全てTSN対応機器に統一され、同一のIEEE 802.1ASマスタークロックを参照するようになれば、自ずとタイムスタンプは統一されることになり、スマートファクトリーに求められる統括的な時刻同期によりデータ分析を行える環境を構築できます。

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