3Dプリンタだから実現できた東京五輪表彰台プロジェクトとその先【後編】:未来につなげるモノづくり(4/4 ページ)
本来ゴミとして捨てられてしまう洗剤容器などの使用済みプラスチックを材料に、3Dプリンティング技術によって新たな命が吹き込まれた東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(東京2020大会)表彰台。その製作プロジェクトの成功を支えた慶應義塾大学 環境情報学部 教授の田中浩也氏と、特任助教の湯浅亮平氏に表彰台製作の舞台裏と、その先に目指すものについて話を聞いた。
次の10年に向けて
これまでも、リサイクル材料を使った3Dプリンティングの方向性については、ある程度、技術的にも確立されていたが、その活用はどちらかというとコンセプト止まりであった。だが、今回の東京2020大会表彰台プロジェクトによって、一般から回収された使用済みプラスチックをリサイクル材料として使用し、3Dプリンタで量産まで実現できること、そして、リープサイクルという考えに基づき、その先のモノづくりへとつなげていける可能性があることが証明された。
これは日本における3Dプリンタの先駆者、第一人者として知られる田中氏にとっても大きなマイルストーンとなったに違いない。田中氏は、これまでの10年と次の10年について次のように語る。
「10年ほど前に3Dプリンタが話題になったときには、品質や強度にも課題があって、まともな製品は作れず、量産は夢のまた夢で、基本的には『試作どまり』だった。それが今、製造技術として認められるほどにまで品質や精度も上がり、製造業を中心に導入が加速している状況にある。ようやく3Dプリンタでまともな製品が作れるフェーズに入った。しかし、今、地球の限界や資源の枯渇が指摘されており、モノを作るだけではなくて、作った後のこと、その先のことまで考えなければならなくなっている。ただ、3Dプリンタは企画・設計・製造の距離を縮められ、材料起点のプロジェクトが得意であるため、循環型社会の実現を大きく加速することもできる。これからは時間軸の上で、モノと材料の『寿命』や『価値』の変動をイメージしながら設計する感覚が重要となってくるが、その世界観を『リープサイクル』というコンセプトの下で深めていきたい」(田中氏)
また、リープサイクルの実現において、忘れてはならないのが、資源の回収や選別を含む、材料の改質の取り組みだ。
東京2020大会表彰台プロジェクトで、主に材料の改質を担当した湯浅氏は「リサイクル材料は基本的に質が悪いといわれるが、それは目的に合ったリサイクル材料を集められていないことが原因で、いろいろなものが混ざった状態であれば当然品質は下がってしまう。東京2020大会表彰台プロジェクトを通じて、材料をきちんと選別してうまく集めることができれば、リサイクル材料でも品質の良いものが作れることを証明できた」と語る。また、食品トレイや発泡スチロールなど、世の中には3Dプリンタの材料として利用できるものが多数存在しているという。湯浅氏はそうした材料の探索なども進めつつ、その応用に向けた研究にも取り組んでいる。
そして、今後、リープサイクルを社会実装していくためには、「今回取り組んだような資源の回収、選別、材料の改質のプロセスをもっと当たり前に実現できる仕組みを構築する必要がある。そうすることで、リサイクルのハードルも下がり、リサイクル材料でも新品と遜色のないモノが作れる、そんな世界の実現につなげることができるはずだ」と湯浅氏は訴える。
次の10年に向けて歩み出した田中浩也研究室。リープサイクルの理論化と実践に取り組みながら、社会実装を目指す。
「今回の東京2020大会表彰台プロジェクトを通じて、3Dプリンタを活用したリープサイクルの1つの可能性を示すことができた。これを、オリンピックがあったから実現できた特別な出来事として終わらせるのではなく、『レガシー』として、日々普通に行われている、新しい未来の実現につなげていかなければならない。今回は初めてのことだったので、ものすごく頑張っていろいろな技術をつなげる必要があったが、一度やってみて分かったことが山ほどある。次からはこれをスムーズに実現できる『プラットフォーム』をどう用意していくかに挑戦したい」(田中氏)
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