「失われたものを取り戻す」パナソニック楠見新社長が求めるトヨタ式現場力:製造マネジメント インタビュー(3/4 ページ)
2021年4月にパナソニックのCEOに就任し、同年6月に代表取締役 社長執行役員となった楠見雄規氏が報道陣の合同インタビューに応じ、事業会社制の狙いや2年間のオペレーション力強化への取り組み、パナソニックの強みなどについて説明した。
事業会社ごとに具体的な価値を作る
―― 津賀氏の時代にパナソニックは「くらしアップデート業」をビジョンとして訴えたが、楠見氏はパナソニックを取りまとめるものとして「くらしアップデート業では表現できないものがある」としていた。あらためて「くらしアップデート業」についての考えを教えてほしい。
楠見氏 「くらしアップデート業」というのは概念的なものだったが、ともすれば手段系だと捉えられがちで、われわれの真意があまり伝えきれなかったと感じている。例えば、民生機器で考えると、人々の生活が豊かになり、ニーズを十把ひとからげに捉えることが出来なくなってきている。そこで個々のニーズに応えた製品をマスカスタマイゼーションで作っていくことが求められるようになった。ただ、マスカスタマイゼーションで作る内容も時間と共に暮らしの中で絶えず変化し、これを毎回買い替えると不便となる。これらを解決する仕組みを総合的に作っていくことで「アップデート」という言葉を使った。しかし、こうした背景や内容が十分に理解されていたかというとそうではなかった面もある。これらを新たな言葉で発信するのではなく具体的に示していくべきだと考えている。
―― 多角化する経営の中でも統合的なビジョンは必要ないということか。
楠見氏 そうではない。綱領の通り「社会に“何か”にお役立ちをする」というところが共通する経営の目的だ。この“何か”は事業会社が作っていくべきことだと考えている。経営方針発表では「物心一如」(※)という考えを示したが、創業者は25年ずつの単位で見直しをしながら、250年をかけて、理想の社会を実現する「250年の計」を示した。現在もモノはあふれるようになったが、心に不安がないかというとそうではない。その不安を取り除くためにできることを各事業会社で進めていく。ただ、共通項となるものの1つとして、経営方針説明では「環境」を挙げた。こうした方向性は90年前から変わっておらず、これが本質的な目的だと考えている。
(※)物心一如:「精神的な安定と物資の無尽蔵な供給が相まってはじめて人生の幸福が安定する」という考え方。「水道哲学」の前提となる考え。
事業会社化によって生まれる価値
―― 企業体制の変革は、パナソニックの長所を伸ばし欠点を補うためのものだと思うが、事業会社化ではどういうことを考えているのか。
楠見氏 長所と欠点というよりは「維持できているもの」「失ったもの」という見方をしている。「維持できているもの」としては、社会貢献の会社として社員が真面目に業務をしていることがある。これが高い品質や信頼性につながっている。一方で「失ったもの」については、先述したような、一人一人が考えて経営者としての考えで自分の持ち場で工夫を重ねるようなところだと考えている。
企業として大きくなり、こうしたことを理解しにくい環境が生まれていた課題もあった。例えば、現在の体制では、モノを作る事業部、販売する営業、部材を仕入れる調達という部門が分かれており、調達部門はスケールメリットを出すために本社に集約している。事業経営を行う上で、仕入れと販売は右手と左手ともいうべきもので、それを一体で考えられない体制だからこそ誤解が生まれている面もあった。こうした状況を事業会社として独立させることで変えていける。
また、パナソニックの経営ということで1つ課題があったとすると事業の特性を考慮しない十把ひとからげの経営管理があった。例えば、自動車に関係する事業では、受注してから開発に約2年がかかり、受注段階では最終的にどれだけ売れるかも分からない。そういう中ではキャッシュフローを最優先で管理する必要がある。こうした事業の内容を考えると、事業会社ごとに優先すべき財務指標が異なるのが本来的な姿だ。ただ、経営上で一括で管理されることで適合しない指標を追う必要などが生まれていた。事業会社化することでそれぞれが独立企業として動くことができ、事業に応じたKPI(重要業績評価指標)やKGI(重要目標達成指標)なども設定できるようになり、ミスマッチが解消できるようになる。
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