「NG画像不足」を解決、少量データで特徴抽出するAI技術スパースモデリング:組み込み開発 インタビュー(2/2 ページ)
機械学習と比較して10分の1の教師データで特徴抽出を完了できるスパースモデリング技術。製造業の現場改革にどのように貢献し得るのか。ハカルス 取締役 CBOの染田貴志氏に話を聞いた。
「正常な製品の特徴」も学習
MONOist 例えば外観検査の場合、スパースモデリングをどのように適用するのでしょうか。
染田氏 当社では主に「正常な製品の特徴」のデータを抽出するためにスパースモデリングを用いている。不良品の画像データは収集しづらいので、代わりに正常な製品画像データを使うという発想だ。オートエンコーダーを用いたデータ処理とは異なるアプローチである。
正常な製品といっても、実際にはバリエーションがある。その中から特徴を抽出してAIに学習させることで、検査対象品の画像をAIに与えた際に、「正常な製品の特徴」で検査対象のデータを説明できるかを検証する。
MONOist 「正常な製品の特徴」とはどういう意味でしょうか。
染田氏 正確性に欠ける表現ではあるが、「正常な製品に共通する画像パターン」をうまく抽出する技術的工夫があると考えてもらいたい。取り込んだ画像内にこのパターンで表せない箇所があるとき、画像内に異常があると判定する。
「ブラックホール撮影」にも応用
MONOist 製造業以外での応用例はありますか。
染田氏 2019年4月、巨大ブラックホールの存在が画像から証明されたことが世界的なニュースとして報じられた。このブラックホールの可視化に使われたのがスパースモデリングだ。
地球からはるか遠くにあるブラックホールを撮影するには地球サイズのレンズが必要だといわれていたが、世界中の電波望遠鏡で同時に撮影した画像データを組み合わせ、これにスパースモデリングを適用した。
もう1つ、MRI(核磁気共鳴画像法)装置への応用例も有名で、その分野では「圧縮センシング」という名前でよく知られている。
MRIは検査中の騒音が大きく、子どもなどの患者が検査を受ける際には負担が掛かりやすい。だが、単純に撮影時間を短縮すると十分な質の画像が集まらない。そこでスパースモデリングを適用すると、検査時間を4分の1程度に減らして、診断に十分使える画像が入手できる。
AI判断の説明可能性も向上
MONOist 他にスパースモデリングの利点はありますか。
染田氏 AIによる判断の説明可能性が高まる。スパースモデリングは「画像のどの領域に注目しているのか」を後から確認しやすいモデリング手法だ。AIは「判断を間違うもの」で、外観検査などでも100%の精度で不良品を発見するのは難しい。ただ、誤った際にその判断の根拠を確認できる。
もう1つはコスト面でのメリットだ。深層学習に比べると演算量が少なくて済むためGPUや専用AIアクセラレーターが必要ない。一般的な性能のCPUで稼働できるのでハードウェアコストを抑制しやすい。
MONOist スパースモデリングの普及に向けた課題感などはありますか。
染田氏 スパースモデリングというよりはAIの普及課題という話になるかもしれないが、製造業で求められる品質精度に対して、いかにAIをシステムとして組み込むかという問題がある。
製造業全体でのAIに対する理解度は以前より深まっている。顧客に「深層学習とは何か」といった基礎的な説明を行うケースは少なくなった。ただ、AIに100%の認識精度を求める声は、依然として一定数存在する。AIは一度導入したら終わりではない。AIは「間違い得る技術」であり、データ更新やパラメーター調整を通じて高度な判定が行えるように「育てる」ことが重要だ。こうした意識はまだ広く根付いていると言えない。
同時にAIサービスやソリューションのサプライヤーにも、顧客業務を深く理解した上で、課題解決に結び付ける提案力の高度化が求められている。
MONOist 製造業でのAI活用はどう進むと考えますか。
染田氏 製造業ではいわゆる現場技術者のカンコツをいかに継承していくかが問題になっている。これらの領域でAIによる課題解決を図るのであれば、技術者の退職で急に困ることがないように、今の内からデータを蓄積する姿勢が重要になるかもしれない。
AIプロジェクトの推進には技術だけでなく、他部門や事業部門との連携も必要になる。いってみれば、AIの導入という面に限定しているという点で「プチDX(デジタルトランスフォーメーション)」を行っているようなものだ。現場での成功体験の蓄積が、モノづくりの新しい価値創出につながる。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- 教師データは深層学習の10分の1、スパースモデリング活用の外観検査AIキット
HACARUS(ハカルス)は2021年1月7日、AI技術の一分野であるスパースモデリング技術を活用した外観検査AIスターターキット「SPECTRO GO」の提供を開始した。同技術はディープラーニングと比較すると、より少ない画像数で高精度のAIモデルを作成できるという強みがある。 - 教師なし学習でも「世界最高クラス」の精度で不良品を見分ける画像分類AI
東芝は2021年4月28日、教師なし学習でも高精度でグループ化できる画像分類AI(人工知能)を開発したと発表。ラベル付け作業を行っていない画像データから、高精度に不良品や製品欠陥を検出することが可能になる。 - エンジニアの最初の選択肢となるAI、2021年に注目すべき5つのトレンドとは
製造業での活用が広がり始めたAI(人工知能)ですが、2021年以降にどのような方向性で進化していくのでしょうか。本稿では注目すべき5つのトレンドを取り上げます。 - 機械学習の2つの壁「分類モデルの選定」と「過学習」への対処法
さまざまなデータを用いた機械学習でスマートな製品開発を目指す上で課題になるのが、「分類モデルの選定」と「過学習」への対応だ。本稿では、分類モデルと過学習について概説するとともに、基礎的な対処法について説明する。 - エッジAIを加速する「Jetson」、次モデルは「Nano Next」と「Orin」に
NVIDIAは「GTC Digital」の講演で組み込みAI開発プラットフォーム「NVIDIA Jetson」を紹介した。AIコンピュータの他、各種SDK、NVIDIAのパートナー企業の解説を行った。 - 教師データが足りないと「異常予測」は難しい、ならば「異常検知」から始めよう
製造業が機械学習で間違いやすいポイントと、その回避の仕方、データ解釈の方法のコツなどについて、広く知見を共有することを目指す本連載。第3回は、「異常予測」と「異常検知」について取り上げる。教師データ量の不足が課題になる「異常予測」に対して、「異常検知」は教師データなしでも始められることが特徴だ。