なぜリチウムイオン電池は膨らむ? 電解液を劣化させる「過充電」「過放電」とは:今こそ知りたい電池のあれこれ(1)(2/2 ページ)
電池業界に携わる者の1人として、電池についてあまり世間に知られていないと感じる点や、広く周知したいことを、ささやかながら発信していきたいと思います。まずは連載第1回となる今回から数回にわたり、私たちの生活には欠かせない「リチウムイオン電池」の安全性について解説していきます。
ガスを発生させる、過充電と過放電
過充電とは、電池の容量が100%を超えてからもさらにエネルギーを詰め込もうと充電してしまう状態のことです。
過充電の状態では電池の正極に使われている材料が設計時の許容量を上回るほどのリチウムイオンを放出してしまい、劣化が進行しやすくなります。劣化した正極材料からはさらに酸素も放出され、電解液の酸化分解によってさまざまなガスが発生します。
また、過充電は単なるガス発生のみならず異常発熱等の要因にもなる非常に危険な状態です。市場に出回る製品であれば、通常は電池内部に組み込まれた制御回路の働きによって過充電になる前に電池への通電を遮断し、過充電されないように制御しています。
しかし、電池の品質や制御回路の性能などにも依存するため、過充電による電池劣化のリスクは存在します。リチウムイオン電池を用いた機器の中には安価な非正規バッテリーや充電器が売られているものもありますが、電池制御の重要性を考えるとよほど特別な事情がないかぎり正規品以外は極力使用を避けることが望ましいでしょう。
一方、過放電とは、電池の容量が0%を表示している状態からさらにエネルギーを取り出そうと放電してしまう状態のことです。リチウムイオン電池には「自己放電」という特性があり、使用していない状態でも電池の容量は徐々に減っていきます。また、機器によっては内部回路を動作させるために電源オフの状態でも電力消費が発生する場合もあります。いずれにせよ長期間放置した電池は容量が減少して過放電になる恐れがあります。過放電の状態があまり長く継続すると、電池の負極に用いられている銅箔が溶けてしまいます。この銅溶出と並行して電解液の還元分解反応が進行することによって大量のガスが発生します。
つまり、先ほどご紹介したPSPのバッテリーの膨張問題は長期間放置による過放電が原因と考えられます。このような過放電による劣化を防ぐため、リチウムイオン電池を使用している機器は長期間使用しない場合でも容量ゼロで放置せずに定期的に容量の確認をするほうが安全です。
また、過充電、過放電だけではなく、電池の温度が高いことも劣化を加速させる要因となります。一般的に化学反応は温度が高いほど反応速度が上がるため、電池においても温度が高いほど劣化が早く進行してしまいます。炎天下などの高温環境下、充電しながらの激しい操作など、電池の温度を高くするような使用方法は控えたほうがいいでしょう。
膨らんでしまったリチウムイオン電池はどうしたらいい?
パンパンに膨らんでしまった電池は見るからに危ない印象を受けますが、あらかじめ膨張することを考慮した設計がなされていることも多く、通電せずに高温多湿を避けて静置しているかぎりでは、直ちに破裂、爆発といった大きな問題が発生する可能性は低いと考えられます。しかし、電池の膨張は劣化を判断する重要な指標です。目に見えて分かるほど膨らんだ電池は既に劣化が進行してしまっていますので、それ以上の使用は控え、強い衝撃を加えないように注意し、なるべく早めに処分することをお勧めします。
不要になったリチウムイオン電池の処分方法は対象となる機器、住んでいる自治体、電池の状態などによって異なります。リサイクルマークのついている電池の回収・リサイクル方法や持ち込みを受け付けている協力店については、JBRCの公式Webサイトで確認することができます。以前であれば協力店には「リサイクルBOX缶」が回収容器として目につく場所に置かれていましたが、近年は安全面への配慮などからリサイクルBOX缶が店頭に置かれていない場合もあります。そういった場合は近くの店員さんへお声掛けし、回収をお願いしましょう。
また、リサイクルマークがついていないもの(JBRC会員企業以外の製品)はもちろん、解体・分解したもの、水没したもの、今回の主題でもある膨らんでしまったものなどは、本来はJBRCの回収対象外です。そういった電池は解体時の衝撃や水没や膨張の影響度合いなど、どのような負荷がかかっているか素性が不透明です。安全面を考慮し、そういった電池に関しては協力店での回収対応ができない場合もあるので、説明書に記載されたメーカーの連絡先や住んでいる自治体の破棄物処理担当などへ相談するようにしてください。
回収されたリチウムイオン電池は焼却、分離精製処理により、主にコバルトやニッケルといった高価で貴重な金属が再資源化されます。一方、名前にもあるリチウムの再資源化については、現状では経済的に困難であり、スラグ(精錬廃棄物)とされる場合が多いです。電池のリサイクルについても、詳細はいずれ別の回で解説したいと思います。
今回説明したような一般的な商用リチウムイオン電池のガス発生メカニズムについては、電力中央研究所の報告資料「リチウムイオン電池の劣化メカニズムの解明 -電解液の分解反応機構-」(報告書番号:T99040)に詳細がまとめられています。
この報告では「通常運転電圧範囲」「過充電電圧域」「過放電電圧域」の各状態で異なるガス発生メカニズムが示されており、「通常運転電圧範囲」では炭化水素ガス、「過充電電圧域」では酸素および多量の二酸化炭素、「過放電電圧域」では通常運転電圧範囲よりも多種・多量な炭化水素ガスが、それぞれ発生する可能性があることが分かります。より専門的な内容に興味のある方は一度ご覧になってみてはいかがでしょうか。
次回は引き続きリチウムイオン電池の安全性、異常発熱問題に関する事柄について解説していきます。
著者プロフィール
川邉裕(かわべ ゆう)
日本カーリット株式会社 生産本部 群馬工場 電池試験所
研究開発職を経て、2018年より現職。日本カーリットにて、電池の充放電受託試験に従事。受託評価を通して電池産業に貢献できるよう、日々業務に取り組んでいる。
「超逆境クイズバトル!!99人の壁」(フジテレビ系)にジャンル「電池」「小学理科」で出演。
▼日本カーリット
http://www.carlit.co.jp/
▼電池試験所の特徴
http://www.carlit.co.jp/assessment/battery/
▼安全性評価試験(電池)
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