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パンデミック時代における創薬現場の課題にデジタル技術がどう貢献するのか医療技術 インタビュー(2/2 ページ)

先進技術を活用し、創薬の負担を低減するために、さまざまな最先端の技術活用や産業連携などを進めているのが、米国スタンフォード大学 医学部 麻酔科 創薬・創医療機器開発機構所長を務める西村俊彦氏である。同氏に創薬の現場における課題と、医療分野におけるデジタル技術の活用、日本と海外での違いなどについてオンラインインタビューで話を聞いた。

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動物実験用マウスの標準化とSNSの活用

MONOist その他のステージでの取り組みではどういうものがあるのでしょうか。

西村氏 動物実験用のマウスの標準化にも取り組みました。実験用動物として最も多く使用されているのはマウスですが、マウスは生物であるため個体差が存在します。これが実験を行う場合には不便な状況を生み出していました。薬に対する反応が、個体特有のものなのか、そうでないかの判断が難しいからです。実験で求められるのは、特性が均一なマウスです。それができれば、実験の条件を整えれば、異なるのは薬の反応だけとなり、正確に薬の影響を把握できます。そのため、遺伝子的に同一の個体と見なされる近交系マウスを作り、その情報をデータベースに収集しました。これにより、従来はカンや経験で実験していたのに対し、データと実験結果を組み合わせることで、反応のある遺伝子を正確に“釣る”ことができるようになったわけです。この取り組みにより、4年かかっていた実験期間を2年までに短くすることができました。

 薬効についての動物実験期間の短縮はこうした取り組みで実現できたわけですが、安全性検査の場合は一生を想定して行わなければなりません。ヒトの場合は100年間のデータを取らなければ安全だと言い切ることはできません。マウスでは、一生が約2年ですのでその期間は安全性の実験には必要なわけです。しかし、この2年が長いためこれを短縮したいというのが世界中の研究機関のテーマとなっていました。そこでFDA(米国食品医薬品局)が主導して世界中の500の研究所や大学などが参加し、短い期間で安全性実験が行えるマウスの開発が進められました。そこで3つの大学・研究機関のマウスが選定され、最終的には日本の実験動物中央研究所のマウスがほとんどの研究期間で使われるようになりました。これにより安全性の実験についても期間を短縮できるようになり、「Preclinicalステージ」でも開発期間を2年短縮することができました。

MONOist ヒトの臨床試験の期間短縮についてはどのようなことを行ったのでしょうか。

西村氏 ここまでヒトを対象とした試験の前に合計で約4年の開発期間短縮を実現できたわけですが、ヒトを対象とした場合はより安全性に配慮する必要がある他、各個人の同意も必要となります。実際に従来の開発の場でもこの人の臨床期間が最も長く時間がかかり、コストも8〜9割がこの期間で費やされている状況です。

 このステージで最も大変なのが「必要なヒトに協力してもらう」ということで、対象となる被験者の集め方に非常に苦労していたわけです。これを解決する大きな力になってきているのがSNSです。スタンフォード大学ではそういう重要性を早期から認識し、シリコンバレーの企業との協力はもちろん、中国や日本のITベンダーとの協力関係を作り、その中でさまざまな取り組みを進めてきました。ある創薬研究の臨床実験では、ターゲットに最適なSNSとしてFacebookを選択し被験者4100人を3日で集めることに成功しました。こうした結果は過去には考えられなかったことです。こうしたノウハウを蓄積することで、10年かかるとされる「Clinicalステージ」をいかに短縮できるかが、世界で創薬開発のスピード化を進めることにつながると考えています。

日本の医療分野におけるデジタル活用の進捗度

MONOist 海外での医療分野におけるデジタル技術の積極的な活用の一方で、日本のデジタル技術活用はようやく最近盛り上がり始めてきたような印象です。その点についてはどう考えていますか。

西村氏 よく知っている米国、台湾、日本での状況を比べると、モノ(技術)や環境、デバイスはほぼ同じだと考えます。しかし、使いこなし方には大きな差があります。あらゆる機会に失敗を恐れずに、技術を実際の医療の現場でも使っていこうとする姿勢を示しているのが米国です。また、今回のCOVID-19対策も見ても分かるように、台湾も積極的にデジタル技術を活用し、課題解決を進める動きを見せています。

 ところが、日本は優れた技術をもち、優秀な技術者が多数いるのにもかかわらず、実際に生活に身近な領域で使いこなすところまで進みません。論文数などを見ると、米国、英国に次いで3番目で、研究レベルについては、世界でも最先端の一角であるにもかかわらず、実態としての社会応用については、世界のどこからも注目されていない状況が生まれています。

MONOist 日本で実用になかなか進まないのはなぜだと考えますか。

西村氏 個人的な意見にはなりますが、日本の持つ土壌がビジネスを育てるのに不向きである点を抱えているというところが要因としてあるように感じています。理由としては「横並びの教育」「民族的な感情」「手本となる成功者が少ない点」「失敗を許さない社会」「社会や世界とのつながりが希薄になっている点」などがあると考えています。私自身は日本が大好きで暮らすのにこれほど良い国はないと感じていますが、ビジネスということに関していうとこれらが足かせになっているように思います。

 特に、お金を稼ぐことに対するネガティブなイメージがあるという教育面の問題は大きいと考えます。例えば、シリコンバレーで生まれるビジネスのほとんどは最初はアマチュアレベルのものばかりです。しかし、未熟ながらも1%でも改善すると本人たちも周囲の人たちも成功をほめたたえます。日本ではどうでしょうか。1%の改善程度で喜んでいたら非難されるのではないでしょうか。これも教育の違いだと思うのです。こうした積み重ねから米国の人たちは、失敗を恐れません。少しでも成功すればほめたたえられるのであれば、失敗を恐れるよりも挑戦して得られる報酬の方が確実に大きいからです。その差は非常に大きいと感じています。

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