「品質不正リスク」を見抜く内部監査、見るべきポイントを解説:事例で学ぶ品質不正の課題と処方箋(6)(2/2 ページ)
ISO9001を取得していているにもかかわらず、品質不祥事を起こした企業の調査報告書では、「内部監査の形骸化」が発生原因として取り上げられています。ISOの内部監査ではデータ改ざんなどの不正を前提としていないことが要因です。本稿では、「品質不正リスク」に着目し、それぞれの代表的なリスクに対する自社の対応状況を監査するための視点を例示します。
B. 生産
1. 基準の不整合
法律や製品認証規格で要求される基準や顧客基準と、現場で作業指示をする作業指示書(指図)が合致しているのは品質保証上当然のことです。ISOを取得した企業の多くは2000年代に取得しています。しかし、現場で活用する規定類、基準類作業指示書が昔のまま更新されておらず、現在求められる基準や特別な顧客要求を反映していないことがあります。
外部要求と社内基準の不整合は、意図せぬ品質不正の発生とその隠蔽の動機や、以前から不適合な製品を出荷してきたがクレームがなかったという「品質に問題がない」という意識の正当化の要素になります。
監査の視点では、法律や業界、顧客から求められる基準と、現場で使われている文書類との乖離がないかを含めて確認する事を推奨します。
2. 設備の老朽化
製品が属する事業自体の採算との関連で、予定されていた設備更新が遅れたままになっていることがあります。時代の要求とともに要求は高度化しています。現在の設備では要求に応えることが難しくなり、生産に無理が生じて納期や売り上げ確保の圧力が高まり、結果として不良品を合格として出荷する原因となる場合があります。
品質不正の観点を取り入れた監査においては、現在の設備で無理なく生産し納期通りに予定したコストで納品できるのか確認をする事を推奨します。
3. 変更管理の形骸化
変化があれば不良が発生する可能性があるという考え方から、4M(Man・Material・Method・Machine)変更はもちろん、検査方法や製造工場の変更は変更管理規定に基づき生産技術や品質管理などの関係部署に申請し承認を得る必要があります。契約内容によっては顧客への申請が必要になる場合もあります。
売上優先や納期順守、コスト削減のプレッシャーから、顧客に申請する手間や時間を削減し社内協議の時間を省くため、他部門に未申請のまま現場レベルの決定で変更を実行することがあります。この未申請の変更は、結果として品質不良の原因となる場合や顧客との契約違反が発生する恐れがあります。
製造業では、サプライヤーによるサイレントチェンジといわれる「申請なしで変更」を防ぐことを目的に、サプライヤー監査を強化しています。監査の視点では、社内規定や顧客との契約に基づき変更申請を行っているのか確認をすることが重要です。
C. 検査
1. 検査データの管理不備
間接部門の固定費削減を理由に、品質管理部門の人数が削減されている組織があります。しかし、顧客要求の高度化に伴い検査数や検査工数が増大している場合は、こなしきれない検査業務量や納期のプレッシャーが重なり、未検査での検査データ捏造や検査記録のダブルチェックが省略される可能性があります。
検査データは真正性が求められ、基本的には指定フォームに読み取った測定値をそのまま入力する必要があります。しかし、現場では白紙のメモに記録を残し、それを転記して正式フォームに記入する場合が多く見受けられます。そういった生データと正式フォームの入力値差異が生まれないように、メモに記入することを防いだりメモと正式入力値との乖離を検証したりするなどのダブルチェックの仕組みが必要です。人員不足を背景に、自分で測定した値を自分で承認する、値を確認せずに承認印を押すといった検証のステップが省略されることがあります。
監査の視点では、監査用にデータが準備される状態ではデータの捏造を見抜くことが難しいため、医療や食品業界で行われている非通知監査や、データをグラフ化しデータ異常を確認する手法をとる場合もあります。
2. 検査設備の不備、未校正
検査設備が高額であるため、予備機がなく検査設備の更新がされない、または故障したままの状態で検査機器を使用する場合があります。
試験日数が長期で結果がでるのに時間がかかる場合、途中で機器が故障したり正確なデータが出ない事が発生したりすると、納期のプレッシャーから検査未実施や不合格であるにもかかわらず合格にするといった行為の原因となることがあります。
監査の視点では、実査において検査機器が校正されているか、検査精度に問題がないか、検査の時間やパラメーターのログが改ざんなく保持される仕組みであるか、といった点を確認することが重要です。
最後に
今回紹介した事例は一例にすぎませんが、品質不正の手段は多種多様で原因もさまざまです。監査には時間とコストの限界がありますが、過去事例や不正のトライアングルを念頭に視点を見直すことにより、早期に不正の芽を発見する事が可能となります。
現在の手法に不足している視点はないか、いま一度確認する事を推奨します。
筆者紹介
田中義人
KPMGコンサルティング株式会社 マネジャー
製造業で製品企画、新規事業立ち上げ。コンサルティング会社で、内部統制コンサルティング、品質管理コンサルティング、ISO取得支援等を経験し、2018年、KPMGコンサルティング入社。子会社ガバナンス強化、新規事業リスク評価、品質監査、品質不正再発防止支援のプロジェクト等に多数従事。特に直近では、製造業の品質リスク評価に注力。
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