単純ならざる自動運転技術の市場予測、7つの要因が「物差し」に:IHS Future Mobility Insight(9)(3/3 ページ)
従来の自動運転技術の市場予測は「自動車メーカーの機能展開」と「センサーの技術進化」といった要因に焦点を当てていた。しかし「輸送サービス市場」と「個人所有自動車市場」に分けて予測するにはそれらだけでは足りない。7つの要因が「物差し」となるだろう。
「安全性能評価基準」の早期策定は必須
自動運転車に対して大きな期待があるのは安全性能だろう(図3)。ただし、その安全性能が「どのような検査を経て安全性が担保されているのか」という「安全性能評価基準」が必要になる。どんな「枠組み」と「評価基準」で安全性を検証/維持しているかといった“物差し”がなけば、検査やメンテナンスにもばらつきが生じてしまう。
現在、自動運転車にとって、安全性能評価基準の策定は大きな課題となっている。車検に相当する「定期点検」も、「安全性能評価基準」がなければ検査内容が明確に定められないからだ
例えば、自動運転レベルの高い自家用車が発売されたとしよう。数年たって「安全性が担保されているか」の検査を実施すると仮定する。その際、自動運転技術の検査は何を基準としているのだろうか。「誰が」「何を判断して」「合格」とするのか。経年変化でセンサーの調子が劣化したり機能不全に陥ったりすれば、著しく商品性能を損なう。「市場規模の拡大」という観点から考えてもマイナスである。しかし、その評価基準は、何も決まっていないのである。
自動運転車は、これまでの自動車にはなかったソフトウェアやファームウェアのアップデート、セキュリティパッチの更新といった「PCやスマートフォンのように、利用者が自ら操作する」作業が要求される可能性がある。もし、事故を起こした自動車がそうしたアップデートを実施していなければ、事故の責任は利用者にあるのか――。
残念ながら現在は、これらの責任の所在は宙に浮いたままだ。今後も新しい課題が出てくることは間違いない。こうした課題を解決するには複数の要因を考慮し、多角的な視点で課題解決のプロセスを構築していく必要がある。このプロセスは時間のかかる作業であることを自覚すべきだろう。あらゆる条件でシステムが自動運転をする時代が到来するには、10年単位の時間が必要だと考えている。
自動運転は「手段」であって「目的」ではない
最後に、自動運転技術の今後について触れておきたい。
運輸サービス車両も自家用車も完全自動化が必須ではない。実現したいのは、「マルチモーダルな交通体系」だ※3)。利用者のニーズに対応した効率的で良好な交通環境を、複数の交通機関の連携を通じて提供する。自動運転はその手段の1つにすぎない。無人の完全自動化は労働力不足を補うものであり、そこに“労働力が配置できる”(人間ができる)のであれば、あえて市場規模を小さくするような完全自動化を目指す必要はない。
※3)関連リンク:国土交通省「平成15年度 国土交通白書」
これは、自家用車にも同じことがいえる。自動運転は人を補完する仕組みだ。それにもかかわらず、自動化という「手段」を「目的」にした結果、「安全性能第一」がおろそかになっては本末転倒である。いま一度、「自動運転は何を実現する手段なのか」を考える必要があるだろう。
プロフィール
松原 正憲(まつばら まさのり) IHS Markit シニア オートモーティブ テクノロジー アナリスト
1964年生まれ。前職は外資系半導体メーカー、EMSなどに勤務。IHS Markitでは、テクノロジー部門で主に車載エレクトロニクス関連のサービスサポート経て、2016年から自動運転車関連技術のアナリストに従事する。さまざまな業務で蓄積した半導体からシステムレベルの幅広いノウハウ、知識から分析、課題解決をサポート。
https://ihsmarkit.com/ja/topic/automotive-thoughtleaders.html
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- ≫特集サイト『「つながるクルマ」が変えるモビリティの未来像』
- ≫連載「IHS Future Mobility Insight」バックナンバー
- 本当に望まれているのは「自動運転」なのか「予防安全」なのか
現在、自動車業界は、自動運転技術、コネクテッドカー、モビリティサービスなどの次世代技術による大きな変革の真っただ中にある。本連載では、これら次世代技術に焦点を当てながら、自動車が未来のモビリティへ移り変わる方向性を提示していく。第1回は、自動運転技術の導入がどのように進むかについて分析する。 - 完全自動運転車にかかる「コスト」は誰が払うのか、「法整備」も高いハードルに
現在、自動車業界は、自動運転技術、コネクテッドカー、モビリティサービスなどの次世代技術による大きな変革の真っただ中にある。本連載では、これら次世代技術に焦点を当てながら、自動車が未来のモビリティへ移り変わる方向性を提示していく。第2回は、自動運転車にかかる「コスト」と「法整備」の観点から、その未来像を考察する。 - 電気自動車の普及シナリオをモビリティサービスの観点から読み解く
各国政府の規制強化によりEV(電気自動車)の普及が進むことが予測されている。しかし、規制だけがEVを普及させる要因にはならない。急速に浸透しつつある配車サービス(ライドへイリング)を中核としたモビリティサービスこそが、EV普及を加速させる主役になる可能性が高い。 - 100年に一度の変革期、国内自動車ディーラーの進むべき道は
自動車を購入するためには行かなければならないのが自動車ディーラー(販売店)だ。しかし、国内の自動車ディーラーにとってこれまで常識だったことも、「100年に一度の変革期」が訪れている自動車市場そのものと同様に大きく変化しつつある。