DNA3次元構造の形成メカニズムをゲノム編集技術を用いて解明:医療技術ニュース
慶應義塾大学は、タンパク質「CTCF」が、ゲノムDNAへのある特定の結合パターンに従ってDNAの3次元構造を多層的に制御する機構を、最先端のゲノム編集技術を用いて明らかにした。
慶應義塾大学は2018年9月14日、タンパク質「CTCF」が、ゲノムDNAへのある特定の結合パターンに従ってDNAの3次元構造を多層的に制御する機構を、最先端のゲノム編集技術を用いて解明したと発表した。同大学医学部・大学院医学研究科iPS細胞エピジェネティクス研究医学寄附講座 特任准教授の菱川慶一氏らの研究グループによる成果だ。
個々の遺伝子は、「エンハンサー」という遺伝子制御DNA領域の活性によって発現が制御され、個々の細胞で特異的に機能する。近年の研究では、遺伝子とエンハンサーとの3次元的位置関係が重要であること、特にCTCFの結合がゲノムDNAの3次元構造の区切りに関わることが判明している。一方で、ゲノムDNAの3次元構造の区切りに関与しないCTCF結合サイトもゲノム中には多くあり、個々のゲノム領域における実態には不明な点が多くあった。
同研究では、マウスES細胞の隣接する2つの遺伝子「Tfap2c」「Bmp7」からなるDNA領域に注目した。次世代シークエンサーを用いて、この領域で網羅的なゲノム編集と3次元構造解析を繰り返し、ゲノムDNAの3次元構造とエンハンサーの機能がどのように規定されるのかを解析した。
その結果、2つの遺伝子間には、約8万塩基対という広領域にわたって複数のCTCF結合サイトが存在していることが判明。このCTCF結合サイトがゲノムDNAの3次元構造に区切りを入れることで、エンハンサーが標的の遺伝子のみに作用することがゲノム編集によるCTCFクラスタ欠失によって明らかになった。この8万塩基対のゲノムの区切りは、区切られた両遺伝子周辺のゲノムDNA領域と3次元的には均等に近い距離に位置していた。この区切り領域の内部には、DNA配列が多く含まれており、区切りとしての機能以外に、ゲノム情報を統括する未知の機能を持つことが推察された。
また、ゲノムDNAの3次元構造の区切りに関与しないTfap2c遺伝子周辺のCTCF結合にも着目した。こうした部位でのCTCF結合は弱く、単独に近い形で存在するため、区切りとしての作用が弱くなっていると考えられた。一方、ゲノム編集でこのような非分断CTCF結合の方向を変えることにより、3次元的折り畳みの方向性が変換した。つまり、区切りとして弱い作用しか持たないCTCF結合でも、周辺のゲノムDNA領域の3次元的折り畳みの方向性を決定することが分かった。
これらの成果から、ゲノムDNAへの特異的なCTCF結合パターンにより、DNAの3次元構造が多層的に制御され、それによってエンハンサーの活性も緻密に制御されていることが明らかになった。この知見を発展させることで、ゲノムDNAの3次元構造と遺伝子の機能を操作する全く新しい遺伝子機能操作技術開発が可能となり、再生医療や医薬品開発、がん治療などへの応用が期待される。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- コアラはなぜ猛毒のユーカリを食べられるのか、全ゲノム配列の解読から明らかに
京都大学は、オーストラリア博物館が指揮する「コアラゲノム・コンソーシアム」に参加し、同コンソーシアムがコアラの全ゲノム配列の解読に成功したと発表した。 - 生物の形質改良を加速する新しいゲノム改良技術を開発
東京大学は、生物のゲノムDNAを大規模に再編成して形質の改良を著しく効率化する新技術の開発に成功した。さまざまな有用形質を持つ微生物や、新しい作物品種を効率的かつ高速に育種することが可能になる。 - ミトコンドリアゲノムの初期化機構を発見
理化学研究所は、従来の遺伝子の複製機構では説明できなかったミトコンドリアゲノムの初期化機構を発見したと発表した。 - ゲノム情報を医療に役立てる、マイクロRNAによるがん治療から個別先制医療まで
東京医科歯科大学 難治疾患研究所 分子細胞遺伝分野 教授の稲澤譲治氏が「ゲノム情報を通して人々の幸せに貢献する」をテーマに講演を行った。稲澤氏の研究は、マイクロRNAによるがん治療から、臨床情報とゲノム情報を組み合わせたデータベースを基にした個別先制医療まで広範囲にわたる。 - ゲノムデータ解析により、3億年の真骨魚類のゲノム進化に迫る
東北大学は、新たな系統解析プログラムと数理モデルを用いて真骨魚類のゲノム形成について解析した結果、約3億年前に真骨魚類の祖先において3回目の全ゲノム重複が起こった後のゲノムの変化について、新たな知見を得たと発表した。