がん細胞のDNA修復能力を高める新しい因子を発見:医療技術ニュース
東京大学は、生殖細胞関連タンパク質「SYCE2」が、がん細胞で増えていること、また、がん細胞の細胞核内環境を変化させることでDNA修復能力を増加させることを発見した。
東京大学は2018年6月25日、生殖細胞関連タンパク質「SYCE2」が、がん細胞で増えていること、また、がん細胞の細胞核内環境を変化させることでDNA修復能力を増加させることを発見したと発表した。この成果は、同大学大学院医学系研究科 教授の宮川清氏らの研究グループによるものだ。
同研究グループは、タンパク質の中に正常の体細胞にはほとんど存在しないが、がん細胞では増える「がん精巣抗原」と呼ばれるタンパク質群が存在することに着目してきた。がん治療では、正常細胞にダメージを与えず、がん細胞だけを殺すことを目標にしている。がん精巣抗原は、その性質から、がん免疫療法の治療の標的として有望視されてきた。
今回、同研究グループは、SYCE2のがんにおける働きについて調べた。SYCE2は正常体細胞ではほとんど存在しないが、血液のがんや乳がんなど、さまざまながん細胞で増えており、がん精巣抗原であることが分かった。
次に、正常の体細胞でSYCE2の働きを促進したり、がん細胞でSYCE2の働きを阻害したりすることで、SYCE2の働きを調べた。その結果、SYCE2が体細胞では、DNAの傷を感知して応答シグナルを他のタンパク質群に伝達するセンター分子を活性化し、DNA二本鎖切断の修復能力を増加させることを見出した。さらに、放射線やシスプラチンと呼ばれる抗がん剤への抵抗性を引き起こすことも分かった。
また、SYCE2が体細胞ではDNAの密集を制御するタンパク質と直接結合して、そのタンパク質をDNAが密集している領域から引き離すことが、DNA修復能力を増加させるのに重要な役割を果たしていることが明らかになった。
この成果は、これまで生殖での働きしか知られていなかったSYCE2の、がんでの働きを初めて示したものだ。今回、SYCE2が細胞のDNA修復能力を変化させるメカニズムが分かったことで、放射線治療や抗がん剤に対する治療効果を高める目的でSYCE2を阻害するといった、がん細胞でのDNA修復能力の特性に基づいた新しい治療の開発につながることが期待されるとしている。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- 尿検査で大腸がんを高精度に検出可能に、カギはポリアミンの濃度
慶應義塾大学は、尿のメタボローム解析とAIを使って、従来よりも高精度に大腸がんを検出する方法を開発した。今後は、大規模な症例データでの精度検証の実施など、実用化に向けた研究開発を進めていく。 - がん細胞の増殖は二刀流、増殖を遅くする敵を倒しながら増える
京都大学は、細胞が本来持っている防御ネットワークを突き破って異常増殖する、がん細胞特有の性質を説明する分子機構を発見した。今後のがん治療や新たな分子標的治療の開発に貢献することが期待される。 - 強い抗がん作用を持つ活性化抑制因子を同定、酸化ストレスを介した細胞死促進
東北大学は、酸化ストレスを介した細胞死を促進する新規がん抑制分子を発見した。細胞死を誘導するキナーゼ分子の新たな活性化促進因子として「TRIM48」を同定し、これを高発現したがんは細胞死が起きやすく、増殖が抑制されることが分かった。 - 100年来の謎、大腸がんの代謝が変化する仕組みを解明
慶應義塾大学は、100年来の謎だった、がんの代謝を制御する因子を初めて明らかにした。大腸がんの代謝に関わるのはがん遺伝子MYCであり、MYCとMYCが制御する代謝酵素遺伝子の発現を抑制することで、大腸がん細胞の増殖も抑制された。 - がん組織周辺で抗がん剤を合成・放出する糖鎖高分子ベシクルを開発
京都大学は、物質透過性を持つ糖鎖高分子ベシクルを開発した。がん組織周囲で抗がん剤を合成し、放出する医療ナノデバイス(ナノファクトリー)として機能する、初めての材料となる。 - 次世代がんワクチンで東大が治験、再発・治療抵抗性の急性骨髄性白血病向け
東京大学は、同大学医科学研究所附属病院で、理化学研究所による次世代がんワクチン「人工アジュバントベクター細胞(エーベック:aAVC)」の医師主導型治験を実施する。