日本語入力とPCリテラシーの低さが生む、海外製VRソフトの障壁:産業用VRカレイドスコープ(3)(2/2 ページ)
本連載では産業全体のVRの動向や将来展望について深堀りして解説していきます。今回は、海外製の産業用VRソフトと、それを実際に日本で利用しようとする場合の課題点について説明します。
このような理由から従来、高価なVRシステムの導入時は、システムインテグレーター機能も持つような大手商社が間に入って、海外の開発元と交渉して、データ変更だけでなくプログラム変更も含む大規模な日本語化ローカライズを行う必要があり、1000万円単位の追加経費が必要になりました。見積もり額に手数料を上乗せしても構わないような、現地での販売価格が高価なシステム以外は、導入が成立しなかったという問題がありました。
VRシステムのローカライズが出来ない場合、英語オンリーのVRシステムを運用するために、CADデータ内の日本語名をリネームするなどの作業をする運用専任者を置く必要があります。そして「せっかくVRシステムを導入したのに、気軽に使えない」という状況になり、稼働率も下がってしまいます。
日本で海外の産業用VR製品を活用するためには?
規模の小さい会社であれば、フィーチャー名やファイル名は全部ローマ字で付けるるなど、データの作り方を変えて会社全体で英語システムのやり方に合わせてしまう方が簡単でしょう。
それが難しければ、ある程度のサポートが期待できる日本の代理店から購入し、保守契約を結ぶようにするという方法もあります。
日本なら、「何だか分からないけど、動きません!」状態から、ひとつひとつ電話で聞いてもらいながら、親切に指示をもらって、その通り操作して解決してもらえますが、海外ではそういう態度が通用しません。
今後、海外の安いソフトウェアを海外価格で使うことを考えた場合は、「フォーラムでのサポートのみ」という文化に慣れておきましょう。そして、PC上で起きたエラーについて、自分で詳細に説明できるようになりましょう。
例えば、エラー表示を閉じてしまう前に、エラー表示のスクリーンショットを撮って、その時のメモリ残量、HDDの残り容量などを正確に報告することなどです。
既存のトラブルで分かりきったことをいまさら聞くようなユーザーは非常に嫌がられますが、未知のエラー情報を詳細に報告してくれるユーザーには親身になって対応してくれる海外ソフトメーカーもあります。
また、海外メーカーは、PCのハードウェアの増強で解決できるようなトラブルには対応してくれません。「資産管理の法律の都合でハードウェアの買い増しが難しい」ということは日本独特な事情で、海外では無縁です。「メモリやグラフィックボードやHDDは買えないので、買わずに何とかする方法を教えてほしい」という要求は海外メーカーにとってはそもそも意味が理解できないのです。
海外製のVRシステムを動かすために、英語OSがインストールされた海外製PCを買ってしまうのも1つの手です。それだけで、解決の難しいトラブルの発生はぐっと減ります。
産業用VRを始める前に、社内のPCリテラシーを国際平均に引き上げよう
結局のところ、産業用VRを始めるにあたって最も必要なのは、全社的な国際平均水準のPCリテラシーです。それには「英語OSのWindowsを使う」ということも含まれます。
日本製のVRソリューションを使う場合も、海外製の3Dライブラリを内部で1つも使っていないということはありえません。国際平均のPCリテラシーがないと、どこかで“意味の分からない”エラーにぶつかります。「3D CADでは半角カナやシフトJISの名前が付けられるのに、何でVRでそれが読めないんだ」と駄々をこねたところで、出来ないものは出来ないのです。
3D CADでは半角カナやシフトJISの名前が付けられるのは、日本がまだ力と金のあった時代に海外CADベンダーがしてくれていた特別対応の遺産によるものです。今から新規に作られる新時代の3D CADでは半角カナやシフトJISも使えなくなるでしょう。
日本のユーザーから見て“意味の分からない”制約は、ほぼ、日本での使い方が海外製ライブラリに合っていないことが原因だったりします。それはこれからも変えられない、つまり「これからも海外の方が日本語に対応することはない」ということが、これからの3D分野の常識ということです。
日本の3D製品ベンダーにとっての狙い目は、海外VRシステムの日本語対応?
上記のような、「英語圏の事情に全社的に合わせる」ことが可能な日本の会社の割合は実際には多くないでしょう。そこで、日本のベンダーにとっての狙い目は、海外VR製品に日本語名の混在するCADデータを流し込むためのフロントエンドということになるのかもしれません。
前回も紹介したように、日本の製造業の社内システムはまだまだWindows 7中心です。そこにさらに日本語データ混在の問題も乗っかってくるので、これらの問題を解決する「自動橋渡しソフトウェア」の需要は一定量が見込めるでしょう。
ただし、この市場の潜在顧客数は現在が最大で、今後は減る一方です。今後の事業の柱にするのは難しいかもしれません。
2D CADから3D CADへの移行期のような、数千・数万の3D CADデータの方を、時間をかけて全て海外対応に自動変換するシステムの方が、将来を向いたシステムになるといえそうです。
次回第4回は、産業用VRシステムのユーザー活用事例の紹介を予定しています。
Profile
早稲田 治慶(わせだ はるみち)
長野県岡谷市在住の3D設計者。日本で恐らく唯一の製造業VRエヴァンジェリスト。ローランド ディー.ジー.株式会社にて3D CADでの小型CNC切削加工機設計、CAM開発プログラミング、加工機の補正システム開発などの勤務経験を経て、2012年に株式会社プロノハーツに入社。ニコニコ超会議に出展した「ミクミク握手」、産業用3Dプリンタ、「いいね玉」の開発などの後、製造業VRシステムpronoDRのプロトタイプを開発。その後も製造業VRの新技術開発に従事し、CAM講習講師、鳥取県CMXプロジェクトでハイブリッド金属 3D プリンタLUMEXの運用を担った経歴も持つ。さまざまな方式の3Dスキャン技術にも通じ、吉本興業所属タレントのYouTubeチャンネル企画にも3Dスキャンで協力している
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